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今は凪いでいる。

 今月で定年退職したプロデューサーがいました。

 背が高くとても定年するくらいの年齢には見えないその人は、とにかくいつも明るくオープン。キビキビという言葉が歩いているような感じです。
 決して洗練はされたはいないんだけれどスッと伸びた背筋でスーツを着こなし、毎日寸分の狂いもなく七三にセットされたヘアスタイルで、朝は会う人会う人に「おはようございます!」と挨拶をするような人でした。
 髪があまりにも黒いのでそれはきっと染めていたんだろうけれど、そのことを問われても嘘はつかなかったでしょう。

 とにかく、うるさいくらいにフランクで、でも口調と仕事ぶりはとても丁寧なその人へ同僚から贈られたのは、小さな花束と一枚一枚にメッセージが書かれたカードでできた木だけでした。
 貢献度は計り知れなかったのに、気持ちとはいえ、送るものがあくまで形式に則ったそれだけなのかという強烈な違和感がありました。

 それは、イノベーティブであれ、クリエイティブであれ、と日々さんざん尻を叩かれ続け、結果を求め続けられる職場だというのに、これまで一生懸命に働いてくれた人への感謝がそれだけなのかという違和感です。
 こういう時にこそ、クリエイティブは発揮されるべきじゃないんだろうかと1人悶々としていました。

 けれど、お別れの挨拶のときにご本人から「7月に入ってからは毎日酒を飲ませていただく機会がありまして、もうほんとに寝不足で二日酔い続きなんですけど老体に鞭打って」という話があり、多少は誇張だろうけれど、ああみんなやっぱり感謝なり尊敬なりの気持ちをきちんと伝えたかったんだなあと思いました。

 ある程度大きな人数を抱える日本の会社というところは、やはり忖度と配慮、根回しが重視されます。
 僕が勤めている会社はそのような日本らしさとクリエイティブらしさの
軋轢で勝負がつかない綱引き状態のようで、どうにもスッキリしない状況が続いていると思います。

 なぜこんなことを書いたのかと言いますと、目に見えない疲弊感、徒労感がずっとついて回っているからです。まるで影のように。ピーターパンよろしく影のような疲労感が勝手に離れて動き出してくれればまだいいのですが、現実はそうはいきません。
 なんというか、日々磨耗していって、どんどん自分がつまらないアイデアしか考えられなくなっていく感じ。
 (あ、まだ?うつ状態とかではありませんのであしからず)

 このループに入ってしまったと自覚したときから、この状態に抗うことは難しく、抜け出す術を見つけることがまだできていません。
 ちょっと休んでみたら?とか、なんらかのアクションを自発的にとることで景色が開ける、受動的だからいけないんじゃない?とアドバイスされることも多々ある。
 それで解決すれば世話はないんです。
 なぜなら、ずっとそうしてきたと思っているから。

 きっと、どこかでケンカ腰になる姿勢は大事なんだと思います。周りへの影響など考えずに、大きな壁に穴を開けるように自分の意見をガガガッと押し通すような態度が。それが時に波風を立てるとしても。

 昔は波風を立てることなんか屁とも思わなかったのに、大人になってしまったのか、日和ってしまったのか。
 今の自分を俯瞰してみると、ずいぶんと考えすぎてんなあ、と思います。けれど、あまり器用ではない自分の人生においてこういう時期も必要なんじゃないかなとも思うのです。

 とにかく今は無風、凪いでいます。

 モチベーションという追い風が吹くのを待つか、自らの腕でパドリングしていくか。あるいは、そのいずれでもない方法で、なんとか前進する選択を取るか。はたまた、このまま波待ちしていて沈んでいくか。
 それはまだわかりませんが、どこかで自分を信じてもいます。

 渡り鳥もおそらく目的地があるから飛び立てるのでしょう。
 考えすぎな側面もあると思いますが、今はまだ、航路が見えません。

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ありがとうございます。ちょっと勇気湧きました!
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岡本才市(オカモト サイチ)

仕事は美に関わるアイデアやコピーを考えたり方向づけたり。人生健忘症気味につき、気づいたり面白がったり思い出したり掘り出したりしたことを備忘録的に。仕事では緊縛プレイばりに息が詰まっているため、noteでは飄々とふざけたい。転勤族の東京育ち。親友のような妻と一姫(7)二太郎(3)。

ある視点(コラムやエッセイ)

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