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田舎の姑と街の嫁【短編戯曲】


登場人物

中森なつ 
・・・ 28歳。専業主婦の起業コンサルタント。

中森優子 
・・・ 62歳。なつの姑。



舞台は小さな田舎の居間。

舞台中央には座卓が置いてあり、その上には、額縁に入った男性の写真が置かれている。

中森なつは自分のパソコンを持って登場。

なつ、パソコンを起動させ、カタカタとキーボードを打ち始める。


なつ「はぁい、皆さ〜ん。こんにちは〜。皆さん、全員いますか? あれ、また前崎さんが見えてない? ああ、そうで、す、か〜。じゃぁ、あと1分したら待ちましょうか。……あ、見えた。前崎さんこんにちは〜。お元気でしたか? うふふふっ。ああ、そう〜。そう。ヘェ〜、いいじゃないですか〜。この調子でどんどん、加速させていってくださいね。それじゃあ、そろそろ始めましょうか。よろしくお願いしまーす」


 そこに、中森優子が登場。

 けれど、なつは優子の存在に気づく気配がない。


優子「ただいま」

なつ「(無視して)それじゃあ、皆さんのビジネスの状況を確認していきましょう。それでは高橋さん、どうぞ」

優子「ただいま」

なつ「…………」


 なつ、優子の方をゆっくりと見つめる。

 間。

 なつ、優子に軽く会釈をし、再びパソコンの方へ向き直す。


なつ「それでは高橋さん、どうぞ」

優子「何やってんのよ」

なつ「(無視して)ああ、そうなんですね〜。これは素晴らしいじゃないですか〜」

優子「なにやってるのよ」

なつ「あっ、ちょ、ちょっと……!」


 優子、なつのパソコンをつかみ上げて、その画面を見つめる。


優子「ひやぁ〜、何よ、これは。人の顔がいっぱい!」

なつ「ちょっとお義母さんっ。いまズームでコンサルをしてるところなんです。返してください」

優子「ズーム? コンサル? 何よ、それ。うわっ、顔がたくさん!」

なつ「おかあさん!!!!」


 夏の激怒に、優子はそそくさと逃げ去ってしまう。

 だが、しばらくすると優子はひょっこりと顔を出し、おそるおそる家の中へ入っていった。

 そんな様子をじっと見つめているなつ。


優子「……悪かった。悪かったよ〜。ただ、あたしは寂しかっただけなんだよ〜」

なつ「だからって、パソコンを取り上げることないじゃないですか」

優子「仕方ないじゃないカ〜。だって無視するんだもん」

なつ「無視するって、私がですか?」

優子「(頷く)」

なつ「してないですよ」

優子「いいや、したね」

なつ「してません」

優子「した」

なつ「してません」

優子「したよ」

なつ「してないものはしてません」

優子「ひとが挨拶している時に、パソコンなんか操作しているのが悪いんだよ〜」

なつ「ちょっと待ってください、コンサル生さんたちに事情を話すから」

優子「いやっ、だから何なのよ、その「コンサル」っていうのは」


 なつ、優子の質問を無視して、再びパソコンを開き出す。


なつ「ああっ、すみませんね〜。皆さん、せっかく集まっていただいたのに。……えっ? いやいや、ホントごめんなさい」

優子「何をやってるの、なつさん」

なつ「(無視して)ちょっと待ってくださいね。(優子に向かって)あとで説明します」

優子「いま説明なさいよ」

なつ「ちょっと待っててください。お願いですから」

優子「…………」


 なつ、舞台の奥へ退場。

 間。


優子「なつさん? なつさん。な〜つ〜さ〜あ〜ん!」


 しばらくすると、なつは居間の中に入ってくる。

なつ「お願いだから静かにしてて下さい、お義母さん」

優子「どういうことか、説明してよ〜」

なつ「……説明してませんでしたか?」

優子「してないわよ」

なつ「見ての通り、仕事をしてたんです」

優子「仕事って。あのパソコンで、仕事してたの?」

なつ「そうです」

優子「具体的には」

なつ「コンサルです」

優子「どこの猿だって?」

なつ「コンサルです」

優子「何よ、それは」

なつ「わかりませんか?」

優子「わからないから聞いてるじゃな〜い。全く、それだから最近の若い娘こは」

なつ「お義母さん」

優子「……で。その、「こんさる」って、何なのよ」

なつ「コンサルっていうのは、いわゆる事業構築のための相談事業のことですよ」

優子「人生相談ってこと?」

なつ「違います」

優子「違うの!?」

なつ「ひとの話をちゃんと聞いてくださいよ〜」

優子「ちゃんと聞いてるんだけど、理解できないのよ〜」


 なつ、じっと優子を見つめている。

 優子、自分の頭を撫でながら、なぜか舌をぺろっと出す。

 間。


なつ「……要するに、ほかの人の仕事作りを、手伝う仕事をしてたんです」

優子「ああ〜」

なつ「ようやく、わかっていただけましたか」

優子「ぜ〜んぜん」


 なつ、ずっこけてしまう。


優子「大丈夫!? なつさん!? なつさん!!」


 優子、夏をはたこうとする。

 そのは炊こうとする手を素早く止めるなつ。


優子「あ、生きてた」

なつ「なに言ってんですか」

優子「えへへへへへ」

なつ「笑い事じゃありません」

優子「…………」


 少しの間。


なつ「……もう一度、説明しましょうか。つまり私は、在宅で仕事をしてたんです。」

優子「仕事? 家の中で?」

なつ「そうです」

優子「あんた、いつの間にそんなことしてたのよ」

なつ「その事はごめんなさい」

優子「パートはどうしたのよ」

なつ「それもちゃんとやってます」

優子「そうなの?」

なつ「はい」

優子「パートの合間に、また仕事を入れてたの?」

なつ「はい、そういうことです」

優子「じゃぁ、あたしはアンタの仕事を……邪魔しちゃった、って事なの?」

なつ「……まあ。そういうことになりますね」

優子「あらマッ! それは悪いことしちゃったわね〜」

なつ「いいえ」

優子「でも、密かに仕事してた、なつさんもなつさんよ」

なつ「わかってます」

優子「もう〜、しっかりしなさいっ。プンプンッ!」

なつ「は、はぁ……」


 優子、プンプンに怒っている。

 間。


優子「どんな仕事よ」

なつ「えっ?」

優子「なつさんがしてる仕事は、どんな仕事なのよ」

なつ「……それはですね」

優子「ええ」

なつ「女性が行なう事業構築の相談やサポートの事業です」

優子「事業構築?」

なつ「そうです」

優子「何か、会社をおこす、お手伝いをしてるってこと?」

なつ「会社というよりは、ビジネスですね」

優子「具体的には」

なつ「たとえば心理カウンセラーの開業をサポートしたり、オンラインでの教室運営をバックでサポートしたり、時にはコーチングやコンサルもやってて」

優子「なつさんなつさん」

なつ「はい?」

優子「お願いだから、あたしにその横文字を連発するの、やめてくれない?」

なつ「横文字とは」

優子「その「サポート」とか「オンライン」とか、「バック」とか「ポージング」のような、意味不明な言葉のことよ」

なつ「ポージング」

優子「そう言ってなかった?」

なつ「私が言ったのは「コーチング」であって、「ポージング」じゃありません」

優子「どっちも同じよ」

なつ「どこが!」

優子「ここは日本よ? 外国語なんか使わないでちょうだい」

なつ「そう言われましても……」

優子「聞いててイライラするのよ〜。まったく、それだから最近の若い子は……」

なつ「わかりました、じゃあ、使わないようにします」

優子「で、アンタの仕事の内容って、要するに仕事の支援をしてるってこと?」

なつ「いや、仕事というよりは事業構築の支援ですね」

優子「なにそれ」

なつ「自分の仕事を作るための、ビジネスモデルや」

優子「ほらまた!」

なつ「あっ……」

優子「どこのモデルさんがいるんですって? ビジネスモデルって、どこの雑誌モデルよ!」

なつ「ビジネスモデルはモデルさんとは違います」

優子「えっ、ちがうの?」

なつ「はい」

優子「ファッションモデルとどう違うのよ!」

なつ「お義母さん……」

優子「もっとあたしにわかりやすく伝えてちょうだい」

なつ「…………」

優子「どんな仕事をしてるの」

なつ「まぁ、カンタンに言えば、相談に乗ってたんですよ」

優子「なるほど、相談ね。人生相談とか」

なつ「違います」

優子「違うの?」

なつ「はい」

優子「だったら何の相談なのよ」

なつ「ですから、事業構築の相談です」

優子「だから何よそれ」

なつ「だから、ビジネ……」


 優子、急に険しい表情になる。


なつ「……えーっと、要するに、自分の仕事がうまくいくように、コンサ……えーっと、相談に乗ってたんですよー」

優子「ふ〜ん。そんな相談に乗るだけで、儲かるの?」

なつ「はい」

優子「お客さんはどうやって集めるの」

なつ「SNSです」

優子「エスエヌエス?」

なつ「はい」

優子「何よ、それ」

なつ「えっ? SNSも知らないんですか」

優子「ダテに62年生きてないわよ」

なつ「でもSNSは知らないんですよね」

優子「知るわけないじゃない」

なつ「威張るな!」


優子、不意になつに襲い掛かろうとする。

急ぎ足で後退りするなつ。


なつ「……えーっと、なんて言えばいいのか〜」

優子「わかりやすく説明してちょうだい」

なつ「……SNSっていうのは、つまりネットの……仮想空間の中でおくるフリーペーパー……無料冊子のようなものなんです」

優子「なるほどね。つまり、なつさんの仕事は、その仮想空間で無料冊子を配って宣伝をしてるってことなのね?」

なつ「いや、それは……」

優子「違うの?」

なつ「はい、合ってます!」

優子「ならいいじゃな〜い」

なつ「合ってますよ! 合ってるけど正確には違うんです」

優子「どういう意味よ」

なつ「もう、いや! (急に笑い出す)」

優子「どうしちゃったの、なつさん」

なつ「何でもありません!」

優子「困った時は、いつでもあたしに話してちょうだい。いつでも相談に乗るから」

なつ「(狂気じみた笑い声を放つ)」

優子「なつさん。ほんとに大丈夫?」

なつ「何でもありません。何でもないんです」

優子「でも……」

なつ「ちょっと散歩してきます!」


 なつ、退場。

 間。


優子「(傍白)もう〜、ヤンなっちゃうわ〜。何もかもやんなっちゃ〜う。昔はみんなで支え合って生きてたのに、今じゃどう? みんな「スマホ」とか、「パソコン」とかいう機械にかじりつきっぱなし。ヤンなっちゃうわ〜。ああ〜、ヤンなっちゃうわ〜。ヤダヤダッ」


 少しの間。


優子「あーらっ。まだ夕ご飯の準備もできてないの? なつさん、しっかりしてよ〜」


 優子、額縁に入っている写真の方へ目を向ける。


優子「ねえタカちゃん。なんでなつさんが好きになっちゃったの? なつさんのどこがいいのよ。料理はほっぽかすし、洗濯もしないし。部屋の掃除もしなければ、草むしりもしない。もう世も末よ! タカちゃ〜ん、お願いだから帰ってきてよ〜。……ダメよ。ダメよ、優子。タカちゃんはもうこの世にはいないの。だーめっ! ……それにしても、もうあれから2年も経つのね〜。早いわ〜。ほんっと時間が経つのって早いわ〜。あ〜」


 なつ、部屋の近くへおそるおそる近づく。

 優子はまだ物思いに耽っていて、なつの存在に気づいていない。

 優子は机の上で顔を伏せてしまい、やがて眠りに落ちる。

 なつ、おそるおそる舞台上に上がる。


なつ「(傍白)ハァ〜、どうしよ。この人は英語もわからないし、ビジネスもまったく知らない。私のやる仕事に理解もなければ、わかろうともしてくれない。SNSも知らない! たかおさん……あなたはこんな家で生活してたの? こんなど田舎の村で、こんなわからずやな母親のもとで、幼少時代を過ごしてたのね。ックウウウウウウゥゥゥゥ〜!」


 優子、ふと顔を上げる。

 なつ、固まる。

 しばしの沈黙。

 優子はよっぽど眠かったらしく、舞台の上で寝そべってしまう。

 間。


なつ「(傍白)……でも、仕方ないよね。お義母さんも悪い人じゃないもん。そう、誰も悪くないっ。ただ……。………たかおさん。私、これからどうすればいいの? あなたがこの世にいなくなって、ひとりぼっちになっちゃって……。あんな交通事故、あれさえなければ、あれさえなければ私は……! …………いけない。そんなこと言ってる場合じゃない。はやく夕ご飯の準備をしなきゃ」


 優子、目をさます。


優子「おはよ〜」


 なつ、優子の目覚めにびっくりする。


なつ「お義母さん、いつから起きてました?」

優子「いま起きたところよ」

なつ「よかった〜」

優子「どういう意味よ」

なつ「いえ、なんでも。ちょっと、夕ご飯の準備をしますね」


 なつ、そそくさと去ろうとする。


優子「なつさんなつさん」

なつ「はい?」

優子「あたし、いまから歌うわ」

なつ「急にどうしました?」

優子「いいじゃない! 歌をうたっちゃやダメなの〜?」

なつ「い、いや〜」

優子「ダメなの〜?」

なつ「いいですっ、いい〜です! どうぞ!」

優子「ありがとう」


 優子、その場で一曲、歌唱を披露する。

 なつ、拍手をする。


優子「ありがとう、ありがとう。あたし、ここまで生きてて本当に幸せだわ」

なつ「歌うまいですね」

優子「よく言われるわ」

なつ「夕ご飯、つくりに行っていいですか?」

優子「え?」

なつ「夕ご飯、つくりに行っていいですか?」

優子「あたしのこと嫌いなの?」

なつ「そんなことありませんよ」

優子「じゃあ、もう一曲聞いてちょうだい」

なつ「それは無理です」

優子「ひどい!」

なつ「いや、だって。ちょっとはこっちの身にもなってみて下さい。私はただでさえ、家事をしながら買い物にも出かけて、その間で家計を切り盛りをして、パート勤務や副業もしてるんですよ?」


 優子、その場で寝そべる。


なつ「お義母さん、お願いですからわかって下さい。私も人間なんです」

優子「私も人間なんです!」

なつ「人の話を聞いて下さい」

優子「人の話を聞いて下さい」

なつ「鸚鵡返しするな!」


 優子、夏に襲い掛かろうとする。

 なつ、ぺこぺこ誤り出す。

 間。


優子「……いや、まぁ、確かにそうね。あたしは、長年主人のもとで専業主婦を続けてきたわ。でも、いまあの人はどこにもいない。あの人がまさかガンで亡くなるなんて、なつさん想像できた?」

なつ「いや、その、お義母さん……」

優子「できなかったわよね? でも唯一の救いは、タカちゃんが結婚してから、あの人が天国へ行ったことよ。正直あたしの場合は、あの人がいないとやっていけなかったわ。あなたのように社会で出向いていって、お稼ぎをすることなんてなかなかできないわよ。家庭の用事と仕事を両立させることなんて、あたしにはできない。なつさんはそういう点で、天才よ」

なつ「あの、そろそろ……」

優子「無視? あたしの話を無視?」

なつ「いえ、そういうつもりはないんです」

優子「あら、そう」

なつ「夕ご飯つくりますね」

優子「あ、ああ〜」

なつ「何かありました?」

優子「……い、いや、……あのね」

なつ「はい」

優子「…………教えてよ」

なつ「はい?」

優子「あたしにもなつさんがやってる仕事、教えてよ」

なつ「急にどうしたんですか」

優子「いや、だって気になるじゃな〜い。パソコンだけでできる仕事があるなんて。それに。……それに、大事な家族がどういう仕事をしてるのか、身内として知っておきたいじゃない」

なつ「お義母さん」

優子「どんな仕事なの?」

なつ「……事業設計のコンサルです」

優子「どこの猿だって?」


なつ、その場を歩き去っていく。


優子「いや、待ってよ。待ってよなつさん! なつさん! なつさ〜ん!!」


 優子、なつを追いかける形で舞台を去っていく。



終わり

おもに僕が代表を務めている小劇団の活動費として再投資させていただきます。 よろしくお願いします!