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ポンド回顧録 -「Crazy Sterling」 本領発揮。「損切丸」との浅からぬ因縁。

 「ミセス・ワタナベ」の中には「ポンド/円」を好んでトレードしている方が多いと聞く。値動きがいいから、ということらしい。↓ ご参照。

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  しかし、動きすぎでしょう、これはここ25年で120円から250円までの幅で動いている。ドル円にしたら80円から170円のイメージ。最近のポンドの急落は、BREXIT→「合意なきEU離脱」の一連の流れからだが、どうしてこんなに動くのか? 実はポンドとは浅からぬ因縁がある「損切丸」、過去の経験からいくつか考察を加えてみようと思う。

  為替レートはもちろん、金利市場でも英ポンドは「Crazy Sterling」(英ポンドは別称スターリング・ポンドSterlingとは「星のついたもの」の意味)と呼ばれ恐れられていた。筆者が金利トレーダー駆け出しの頃、このスターリングを担当することになったが、前任者はことごとく大損をして一度も儲かった事がない、という。そして筆者が担当中の1992年9月、歴史に残るスターリングの大暴落が起こった。

 「あれ、何かロイタースクリーンおかしいぞ?スターリングが変だ」。

 機械の故障かと見紛うほどポンドの為替レートが急落していったが、どうも故障ではない。そう、伝説にもなっている「ジョージソロスがBank of England (英国中央銀行)を打ち負かした日」である。

 影響は為替市場から金利市場へと波及。当時ポンドのO/N(今日から明日の1日物、Over Night)の金利は10%程度だったが、急に資金の出し手がいなくなった。為替市場で多くのトレーダーがポンド・ショートにしたためポンドの資金需要が急増したのだ。ブローカーに聞くと金利が倍の20%の出し手ならいるという。ただならぬ雰囲気を察知して、不足分のポンドを腹を決めて取りにいったが、*「フル・アップ」と言われ調達できなかった。

 *銀行間のマネーマーケットでは、無担保でお金の貸借りを行うため、貸し手のクレジットライン=信用枠に空きがなければ借りることができない

 次のオファーは@50%体中から汗が出始めた。これは待っている場合ではないと判断してその@50%も取りにいったが、また「フル・アップ」資金不足の穴が埋まらない。その次は@100%。これも駄目。最後に割高を承知で1週間物(7日間)@100%を取りにいってようやく資金繰りがついた。

 そこまで半年間、儲からない、と言われていたスターリングで数億円の収益を積み上げていたが、この@100%一発で半年分の収益が吹っ飛んだ

 「自分は一体何の為にこんなことをしているんだろう...」

と虚しくなった(トレードや投資で損をするとこんな気分になる)。

 この「事件」はイギリスが今のユーロの前身であるERM=欧州為替相場メカニズムの離脱を表明したことに起因するが、混乱はスターリングに止まらなかった。いわゆる1992年の「欧州通貨危機」に至るのであるが、ドイツマルクに対しその他の欧州通貨が売られ、各国の中央銀行は通貨防衛のための金利引上げを余儀なくされた。ポンドの100%などはまだかわいいもので:

 スウェーデンは公定歩合を500%に引き上げ、

 フランス・フランのO/Nは5,000%

 一番酷かったのがアイリッシュ・プントでO/Nが20,000%に達した。何と2日間資金調達をすると元金がなくなってしまう金利だ(元金は100%だから、年利を1日に直すと100%x365日=36,500%)。

 この時痛感したのは、金利の恐ろしさ資金繰りを埋めなければデフォルト=「破綻」なのだから待ったなし。金利に上限はない。聞いた話では、この「事件」以降、(筆者以外の)日本の銀行ではスターリングの金利取引は禁止になったという。まさに「Crazy Sterling」

 その後皮肉にも「損切丸」はイギリスの銀行に転職し、本店のポンド担当者とこの@100%の話をしたことがあった。

 「ああ、あの時は儲かったなあ!」

 Zero Sum のマーケットの仕組みを痛感した。「自分の損は誰かの儲け」なのだ。それからというもの、決して負け組にならないよう、常に先回りをして有利に取引を進められるべく努力するようになった。

 この時のERM離脱と今回のBREXITのイメージが重なる。国民投票の時も周りは「離脱なし」の予想がほとんどで「離脱」を主張していたのは「損切丸」ぐらいだった。経験からスターリングの怖さを痛感していたからだ。よく「Never Say Never」とイギリス人の同僚に諫められたものだが、とにかくスターリングは何が起こるかわからない。悪く言えばかなりいい加減だ。

 それでは翻って今回の「合意なき離脱」によるポンド安で英国内は大騒ぎしているのか? いや、はっきり言ってイギリス人はなんとも思っていないだろう。円高でいつも大騒ぎしている日本人と違い、ポンド安になれば輸出を増やせばいいし、ポンド高になれば海外に投資を増やせばいい、という考え方をする。ポンドの乱高下はむしろチャンスである、とさえ思っている。

 実際ポンド円が@245円にもなってサンドイッチとコーヒーで@6ポンド=1,500円もする!、と筆者がロンドン出張で嘆いていた時に、本店の上司はポンド高を利用してちゃっかりニューヨークの不動産を購入し儲けていた!

 前に「相場はみんなの嫌がる方に動く」というような話をしたことがあるが、スターリングの特性は「みんなが嫌がる方」がないことであり、弱点が少ないとも言える。だからこんなに大きく振れるのかもしれない。筆者のように理屈っぽくこだわるタイプの人はどちらかというと苦手で、むしろ軽いノリでやるぐらいでないと手も出ない。(ただし逃げ足の速さは必要)

 この柔軟性はイギリスが長年市場で揉まれて培ってきた強さであろう。同じ島国として円高に苦しむ日本も大いに学べるところがある。実際トヨタなど大手製造業は、米国工場を増やすなどして円高抵抗力をつけるてきている。要はアメリカでのドルの売上を円に替えずドルのまま使えばいいのである。こういう体制変化には時間がかかるので、この点では中国、韓国に比べると日本に一日の長があると言えるだろう。

為替レートに対する抵抗力を順位付すると:              ①アメリカ(主要通貨ドル)> ②イギリス > ③日本(円高対策あり)>④中国(人民元高に弱さ)>⑤韓国等(商品の内製ができない、自国通貨が国際通貨でない、自国資本不足 etc.)

 いずれにしろ「Crazy Sterling」ハイリスクハイリターン。唯一の改善材料は銀行の資金繰りが規制によってかなり強化されているので、1992年のような金利市場の「暴風雨」に見舞われる懸念が小さくなっていることぐらいか。しかしスターリングはあくまでスターリングである。利食える時はきちんと利食い、逃げるときは逃げ足速く、が鉄則であろう。頑張って😀。

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