見出し画像

【俳句鑑賞】一週一句鑑賞 24.03.03

マスタード一人一盛り春灯

作者:北野きのこ
出典:愛媛新聞 青嵐俳談 22.04.08

季語は「春灯(はるともし)」で、春。灯りは「夏の灯」「秋の灯」「冬の灯」と一年を通して季語になっており、その詠み分けを通して季節感についての考えを深めることができるモチーフのひとつです。
「春灯」は、同じく春の季語である「朧」の雰囲気の中にあり、しっとりと柔らかく優しく光る印象を受けます。生活季語として確かな映像を持ちつつ、「春」「春の夜」「春の闇」「朧」といった時候・天文の気分を乗せることのできる季語と言えるでしょう。

掲句は、家の中という可能性もありますが、僕は飲食店だろうと思いました。それも、ちょっとおしゃれな雰囲気の、お肉料理とビールが充実してそうなお店。「マスタード」というチョイスに独自性があり、お店の種類や内装などを想像させてくれますね。しかもそれを「一人一盛り」とは、なんというサービス精神!小さな器を人数分用意して、ひとつひとつに盛るのです。「マスタード」でそれを行うというのはなかなかに珍しく、作中主体も丁寧なサービスを嬉しく思ったに違いありません。このとき心に灯った小さな喜びが、季語「春灯」と見事に響き合っているのです。

「マスタード」自体は調味料に過ぎず、この句はメインの料理を見せていません。メインディッシュの豪華さ・美味しさに比べれば、「一人一盛り」の嬉しさはささやかなものでしょう。この小さな嬉しさを逃さず詠めるのは、さすがの作者の実力ですね。季語「春灯」が主張しすぎず、優しく全体をまとめ上げているバランス作りも見事です。

また、動詞も助詞もない、名詞のみで構成された句という点も、目を見張るものがあります。名詞のみという静謐さが句の内容に合っていることはもちろんですが、ぶつ切りの調べにより誦み心地が悪くなりがちなところを、韻作りでカバーしているのが巧みなのです。音読してみれば分かりますが、「ひとり」「ひともり」「はるともし」の響きはとても心地良いですね。同じ文字列が含まれていたり、ハ行・タ行(これは「マスタード」にも)・ラ行・イ段の音がちょうどよく配されていたりして、名詞でぶつ切れていてもすらすらと誦めるのです。内容を損ねることなく自然な韻律を作るというのは、案外難しいこと。能ある鷹の隠した爪を、垣間見たような気がしました。

よろしければサポートお願いします!吟行・句作・鑑賞・取材に大切に使わせていただきます。