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母と娘の物語は鉢植えの土の中

これもそれも執着なのか



現在、録画してまで見る唯一の情報のバラエティ番組が、毎週木曜日の東京MXテレビ「5時に夢中」(生放送)だ。
(そもそもテレビ番組をあまり見ないのだけど)


ゴジムは、月から金までやっているのだが、見ているのは木曜日のみ。

途中のブランクがあったが、見始めて10年以上経っている。

その中でMC変われど、変わらない金曜ゲストが、作家の岩井志麻子さんと新潮社出版部の中瀬ゆかりさんだ。


プライベートでも仲の良いこの二人の掛け合いとコメントが大好きである。

出版業界というのも関係あるだろうが、2人とも言葉のチョイスが絶妙かつ、説得力がある。
(親方こと、中瀬さんの瞬発力がすごい)


一見軽く出された言葉にも、その理由、ここまでの生き様やその中で考えてきたことが見えかくれするため、結構聞き入っているし、下ネタ満載の木曜日だが、それがまた、バランサーにもなっているのが、絶妙かと。

いずれにしても、少々大げさに言うと、彼女たちの言葉に信頼と共感がある。



さて、で、本題。

番組内に様々な新聞記事をランキング形式で紹介するメインコーナーがあるのだが、先月そこで、9歳の娘に食事を与えず体調を悪化させ、入退院を繰り返させて保険金を詐取していた母親のニュースが取り上げられた。


そこでコメントを振られた志麻子さんが言ったことがとても印象的だった。



前知識として、志麻子さんの人生の一部について簡単に書くと、若くして故郷岡山で裕福な家に嫁ぐが、娘、息子を出産後、応募小説がホラー大賞を取ったのを機に、お子さん2人を旦那さんの元に残して離婚、上京。

子供を見捨てるように背水の陣で小説家として生きるため東京に出てきた決断が、今も人生の中で重きを占めていると何度も言及している。


現在、息子さんとは良好な関係のようで、時折笑い話のネタとしても出てくるのだが、娘さんについて触れられることは少ない。

が、何かの流れで、短く語られる娘さんについての話は、毎回、「現在は疎遠である」という重めの事実が前提となっている。


これまでのnoteでも触れているが、わたしは小学生時分から母への小さくも動かしがたい葛藤を抱えてきている。


なので、その話がでると、娘さんと志麻子さんの両者の気持ちを思い、わたし自身、ふっと冷静になるのが常であった。

が、実際のところ疎遠であることは言っても、その経緯などについて触れられることはなかった。(わたしが見た範囲では)

ところが、今回の、保険金詐取事件のコメントの中で娘さんの話がいつになく具体的かつ長くなされたことが、とても印象に残ったのだ。


いわく、

「私も(絶縁状態の)娘がいるけど、さすがにこんなこと(お金のために食べさせないような虐待)をしたことはないですけど、昔のことを思い出したら、娘にかわいそうなことしたな、あんなこと言わなきゃ良かったなとか、あんなことしなきゃ良かった、娘、あの時、相当傷ついたんだろうなってことを今でもいろんな後悔がふつふつとわき起こってくるわけですよ。(略)私もここまでのことはしてないけど、今も毎日、(娘との過去を)思ってます」

5時に夢中 岩井志麻子

と語ったのだ。

特に最後の部分で見せた、娘さん本人に向けたであろう母親としての切実なまなざしが忘れられない。


そして思い出したのは、母親に電話口で似たようなことを言われた時のことだった。(わたしが遮ったのもあって、もっと短いけど)


と、まあ、ここまでで、番組から呼び起こされたわたしの思いも終了のはずだったのだが。



番組の最後に、その日の放送内容に対する視聴者からのメッセージが数通読まれる。


で、くだんの日は、志麻子さんの娘さん絡みの話について、視聴者からのメッセージが紹介された。


43歳の女性からで、以下のような内容だ。

志麻子さんの話、共感する人も多いと思います。
家族は色々ありますよね。
娘さんも同じように後悔してると思います。
色々あっても(母娘の)心は繋がっていると信じています。

5時に夢中 視聴者コメント


つまり、簡単に言うと志麻子さんを励ましているものだった。

それに対して志麻子さんは、少し間をおいてから一言、「離れていても忘れられるもんじゃないから」とカメラに向かってコメントした。


そして、その視聴者さんが、志麻子さんの気持ちに寄り添おうとしているのをわかっていながら、なんかもやもやしてる自分に気が付く…。


で、なんでわたし、もやもやしてんのかなあとも、考えてみた。


わたしは、母と娘(家族)の問題ってのは、当事者にしかわからない細かくて繊細なものが絡みに絡まっていて形になっていて、他人にわかってもらうのが、難しいことだと思っている。

当事者にも、説明できないことがあるし。(とわたしは思っている)

そして、外からは見えなくても、狭い植木鉢の土中いっぱいに広がった根のようなそのカタマリは、更なる時間とエネルギーを費やして解きほぐす必要もないとも思っている。

時間をかけてその形になるべくしてなった迷宮のようなそれは、そのままにして置くしかないもので、朽ちて乾いて固くなれば、どうにかしようと力を加えるほど程壊れていくだろう。


もう、なるべくしてそうなったものとして、そのままで見守るしかないというか。




もちろん、あからさまな虐待などは別の話だが、そうでなく、痛みを感じているけれど、他人には共感してもらいにくい関係性もあると思う。(一から十まで話すことは不可能だし、結局は感情という超個人的なものの話だから)


だから、他人のそういう話を聞いた時も、気持ちに寄り添いたいとは思うが、娘さんの思いなど安易に決めつけることはしたくないと思ってしまうし、それは志麻子さんの気持ちも軽く扱っているように思えてしまったのだ。


そこを素直にとらえられないのは、わたしの娘としてのこじらせが為せる業かと思うが、これもまた、いかんともしがたし、だ。
「根は深い」とはよく言ったもので。


それにその視聴者さんだって、実際はもっと複雑な何かを抱えた上でのメッセージかもしれないしね。



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#五時に夢中 #岩井志麻子 #中瀬ゆかり #東京MX












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