見出し画像

短編小説:月が闇に陰る時~心の闇シリーズ~


人は心に闇を持ち

心の闇に溺れ

心の闇に深く沈む

しかし気づいてほしい

明けない夜はない

止まない雨はない

そして永遠に続く哀しみはない

その真実を

久美子…

20代の後半で世間で言ういわゆるお嬢様タイプ

多少近寄り難い雰囲気のあるキャリアウーマン、

そんな言葉がしっくりとくるような女性だった。

久美子と待ち合わせをしたのは、都心から少し離れたいわゆる治安がいいと言われる町の隠れ家的なショットバーだった。

その場所で以前にも何度か彼女に相談を受けていた。

相談と言っても彼女が一方的に彼や職場の愚痴を永遠と話し、そしてスッキリした顔をして少しお酒の入ったピンク色の頬をしながら帰っていく。

いつもそんな流れだった。

その日も私は、いつものように少し早めにいつものバーへ着いたのでシャンディガフを飲みながら久美子が来るのを待った。

シャンディガフを半分くらい飲み終えた時、

いつものように高級デパートで購入したような洗練されたファッションで彼女は現れた。


「久しぶりだね、ごめんね急に呼び出して…」

久美子はそうつぶやくとキールロワイヤルを注文した。

口元へグラスを傾ける久美子の横顔に私はいつもとは異なる刹那さを感じた。

どれくらいだろう、無言の時間が続いた。


まるで二人で深海に沈み言葉を交わしたくても交わせないただ苦しみもがくだけ


そんな感覚が二人の空間を襲った。

「わたしね、帰る家がないの…」

彼女はつぶやいた。  

いったい何を言っているのだろう?

私には彼女の言っている意味がサッパリわからなかった。

家族と喧嘩して帰るのが気まずい…

そんな雰囲気ではさらさらなかった。

「どうしたんだ?」

私は問いかけた。

「聴いてくれるの?」

彼女が小声で言った。


「もちろんだよ!そんな時の為に俺がいるんだよ」

私は少し刺のある言い方で投げかけた。

「ありがとう…」

とつぶやくと彼女はその刹那さの表情をさせた原因を話し始めた。


初めてだった。

久美子の家庭のことを聴いたのは、

思えば久美子は自分のことはよく話すが家庭のことは全く話さなかった。

そう…彼女の「心の闇」が そんな場所にあったとは私は知るよしもなかった。          

「わたしね、生まれ時から一人ぼっちなんだ…」

となりに居るはずなのにまるで異空間から囁かれたその一言、

そして久美子のこれまでに見せたことのない刹那い表情は暗闇の森をさまよっている望郷者…

私にはそう写った。


そして久美子は自分の過去からの「心の闇」を語り始めた。

「わたしね…愛されたことがないの…」

その言葉から始まった。

久美子のこれまでの人生には 「心の闇」を育てるには十分に水が注がれていた。  
         

久美子は高級マンションいわゆるションに住む世間でいえば裕福な環境で生まれ育っていた。

しかし、そこには愛はなかった。

久美子は一人っ子で母親は彼女が幼い頃に病気で他界し、

父親は上場企業の役員でほとんど家には不在で彼女はほとんどお手伝いさんに育てられたらしい。

欲しいものは何でも与えられ、なに不自由なく生活している。

しかし久美子が欲しかったものはそんなものではなかった。

彼女は「愛」が欲しかったのだ。

久美子の父親は、ほとんど仕事ばかで 久美子の相手はほとんどしなかったらしい…

たまの休日で家に居る時も遊んで…

とすがる久美子に対し疲れてるからあっちへ行けと邪険にあつかった。  

そして、久美子が中学2年の時、万引きをして捕まった時に引き取りに来た父親が店の人に学校や警察には内密にとガバンから札束の入った封筒を渡したのをまのあたりにした。

その夜、久美子は聴いてしまったのだ 父親とお手伝いさんの会話を

そこには

「無理に産ませるんじゃなかった…」

禁断のフレーズが刻まれていた。

その言葉は久美子の「心の闇」を一瞬にして幼児から成人にまで育てあげた。


彼女の母親は病弱で子供を産むのは危険だったらしい、

父親は断固として反対したが、

母親はどうしても産みたいと押しきったので久美子を産むにいたった。

しかし、久美子を生んですぐに母親は帰らぬ人となった。

久美子を生んだ為に愛する人を失った。その事実を彼女の父親がどう受け止めているのかは私にはわからない。

しかしどんな事情があっても我が子を憎む親などいない私はそう信じている。

                   
久美子は

「わたし誰にも愛されたことがなの…」

そう呟いたが、そんなことは決してない。

父親のことがあったために愛され方を知らないだけだと私は思った。


これから久美子と父親の関係は家族間のことなのでやはり家族で解決していくしかないのかもしれない。  

でも、久美子の父親は久美子を誰よりも愛しているただ表現の仕方が不器用なだけ…

しかし、いつの日か必ず解り会える日が来る。

私はそう信じている。
 

私は最後に久美子に対して

人は生まれたから愛されるのではなく、愛される為に生まれてきた。  

その真実を決して忘れないでほしい

だから久美子は一人じゃない

決して一人じゃないから…

その言葉を彼女に伝えた。

久美子は目に涙を浮かべながら軽く頷いた。        


店を出て私は久美子を駅の改札まで送った。

改札の入口で久美子は

「わたしきずかなかっただけなのな…それともきずこうとしなかったのかな…」


そう呟いて彼女は人混みの中へ消えていった。

               
DV… 幼児虐待 …この世には 沢山の凶器が存在する。

久美子を襲ったのはまさに

無…という名の凶器なのかもしれない

そしてそのカタチ無き刃物は、純粋な未来ある一人の少女の心を切り裂いてしまった。

私はいつの日か久美子の心の闇に光が当たることを心から祈った。

生まれてきた本当の意味を

愛されるその喜びを

永遠に続く闇はないことを

闇に陰る月が再び光を放つように

               

End

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?