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#5 中世中国のデザイナーズマンションに泊まってみた話


誰もが一度は、デザイナーズマンションなるものに憧れるのではないでしょうか。

奇抜なデザインや間取り、打ちっぱなしのコンクリート、オシャレな住人たち――

しかしいざ住むかとなると、そのオシャレさを住みこなせるかとか、デザイン重視でトイレなどの水回りが利便性悪かったりで、意外と躊躇してしまうのが人間の性。

どこかそんな生活に憧れつつも、オーソドックスな住宅で暮らすというのが実際のところでしょう。


そんなある日、僕は聞きました。


「中国に世にも奇妙なデザインの巨大集合住宅があるらしい」


ありそう。
中国にはそういうところ普通にありそう。

行ってみたい、チャイナデザイナーズマンション。


行ってみる

向かうは烏龍茶で有名な中国福建省の山奥です。

成田から飛行機で厦門、厦門からバスで半日かけて龍岩、龍岩で一泊してバスで数時間かけて永定、そこからさらにバイクタクシーで山奥へ。つまり超遠い。

途中で一泊した内陸都市の龍岩、ロンヤンと読むのですが、聞いたこともないような街じゃないですか。

でも街中には高速道路が走り、高層ビルがバンバン建っていて戦慄を覚えました。中国にはこういう街が沢山あるんでしょうね。

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さらに龍岩から永定まではバスでしたが、そこからは道が狭くなってくるので、タクシーやバイクで件のデザイナーズマンションに向かいます。

ただ人の家を見に行くためだけに、何日もかけて移動しているわけですが、やはりこの辺りのエリアでは名所らしく、永定のバス停を降りると、「円楼行く?」と何人かのドライバーに聞かれました。

僕もおじいちゃんのバイクに乗せてもらって山奥に向かうことにしました。

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え? ヘルメット籠なのOK?

細かいことは気にしないスタイルのようです。

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永定に来る前までは、昨今の中国の勢いを感じさせるままに、聞いたことのない中堅都市でも大都市風景だったのですが、山の風景は、日本の原風景と重なるような情緒あふれる世界です。

こんな風景の中をバイクでえっちらおっちら走っていくと、目指していたマンション、円楼が現れます。


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こいつが円楼の中でも最大級といわれる「承啓楼」です。

大きすぎてなんだか遠近感が狂ってしまうのですが、これ、相当遠くから撮ってますからね。なんと250部屋程も擁する大集合住宅になります。

打ちっぱなしの土壁、円形のデザイン…… まさにデザイナーズマンションや……。

福建省ヒルズと名付けたいと思います。


この辺りには、この手の円形集合住宅が沢山あり、そのすべては12世紀から19世紀にかけて客家という一族により作られたそうです。

外敵や獣から身を守りつつ、ひとつの強固なコミュニティとして完結させる村のような一族生活がそこにあったようですね。閉じられた住宅の中で異なる家族がともに暮らし、共同で集合住宅の施設や環境を維持していくという、まさに日本のレジデンスマンションのような暮らしがここにはあったわけです。というか今もあるのです。

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外から見ると、いまひとつ迫力が伝わりづらいのですが、これは中から見てこそ真価を発揮しますので百聞は一見に如かずです。


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す、凄い。

見事なまでの円形です。


一番中央にあるのは、先祖を祀っているお堂。そこから周りを囲むように建物が派生し、中央の一番外側部分は主に炊事場になっているようでした。

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ヘビを捌いて食っていました。

……。


泊まってみる

僕はこの承啓楼に泊まる気満々でした。

この旅は、円楼を見に来るというよりは、円楼に泊まりに来る、だったといっても過言ではありません。

集合住宅であるならば宿泊交渉もできるはず。こんな場所くんだりまで来て、ちょっと見たら帰るとか考えられません。

一階でお茶を飲んでいた何故か前髪がパッツンのおじさんに、「泊まりたいんですが」と身振り手振りで伝えると、「駄目だ。17時以降に戻って来い」と言われました。

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ど、どういうこと??

これは、昨今の中国事情なのですが、この手の観光資源においては中国共産党の徹底管理がされ始めているようで、公式には旅行者の宿泊が禁止されているみたいです。

円楼の住民としては、旅行客を泊めるのは宿泊料の実入りも期待できるし別に構わない、だがお国はそれを許容していない、ということのようですね。

現に、日中に3階以上に登ろうとすると、「ここから先は住居で立入禁止だ」と、お役人さんに止められて上に行くことができませんでした。

なので、役人が定時で帰ったそのあとにならこっそり泊めてあげるから、ということらしいです。


……というようなことを言っていたと思うのですが、なにぶん中国の地方のおじさんと中国語と筆談でやりとりをしたものですから、本当にその理解で合っているのか?? 17時過ぎて泊まれなかったらこれ野宿パターンだぞ、と少しヒヤヒヤしていたのですが、無事17時以降には上階に上がることもできて部屋にも泊めてもらえました。


良かった。
ありがたい。


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ちょ、独房ww

そしてトイレは円楼の外にある公衆厠まで歩いて行かなければならないという不便さ。やはりデザイナーズマンションは水回りに問題があるのはここでも変わらないようです。


円楼を堪能する

実はこの客家円楼、日中は国内観光客が割といて、ツアー客が結構うるさいです。ただ、それもお昼までで、人々が退散して住民だけになる夜は大変静かなものでした。

澄んだ空に星は綺麗で、それを眺めながらか蛙たちが大合唱をしており、草木が風にそよぐ音も聞こえてくる。泊まったことで、この場所の魅力がよく分かって良かったなと思いました。

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また、翌朝の朝陽の中で生活が始まる様がまたどこか感傷的な気持ちにさせます。

朝起きて顔洗っていたら、ご近所さんが警戒する様子もなく「你早~」なんて声をかけてきてくれました。

僕の実家は一軒家でしたし、コンクリートジャングル東京のマンション生活では、当然ドアを開けたらご近所様とおはようさんなんて生活ではなくて、昭和のかつて日本でもよくある風景だったかもしれない、共同住宅の近さに戸惑いつつもどこか心地良さを感じもしました。

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さて、円楼はもちろんこの承啓楼だけではなく、このエリア内にはいくつかの円楼があります。

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これは方型の楼を4つの円楼が囲む、田螺坑土楼群。少し小高い丘の上から見下ろすことができ大変インスタ映えするため、このあたりの円楼群の中で最も人気のある円楼です。


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こいつは1300年代から現役の裕昌楼という円楼なのですが、設計ミスで支柱が傾いたまま5階建の住居に人がずっと暮らしているという大変恐ろしい円楼です。

一目瞭然のため偽装問題に発展するまでもなく、現代だったら速攻で賠償ものですが、700年以上もリコールされることなく現役で使われ続けています。

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余談ですが、ここで買った饅頭を食べて秒で腹を壊しました。
便秘に悩む人は是非行ってみてください。


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ここは環興楼。だいぶ朽ち果ててしまっていますが、まだ数家族暮らしているそうです。暇すぎてここの中央で本を読んでいたら、住民の方々が話しかけてくれたりふかし芋をくれたりして、個人的にはとても印象の良い円楼です。

ここも泊まりたければ泊まれるようで、この廃墟寸前の見た目でよりハードな環境だったため、こっちに泊まっても良かったなぁと後から思いました。ドMか!


客家円楼、僕らの普段の日常や常識からは遠くかけ離れた環境のデザイナーズマンションで、僕は非常に興奮しました。

円楼に泊まるだなんてとてもいい経験をしたよ。ありがとう円楼。また泊まりたいな。


そう思いながら永定から厦門に戻ってきて、その日泊まる予定だったゲストハウスに荷を解きました。

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やっぱこっちの方がいいわ。

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