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UTOPIA#17不死の呪い


 空が血を流し、大気が赤く染まる頃、血霧の向こう側には龍がいる。この夥しい血液に素養のある人が触れれば、それだけで申し合わせの道が半分通じる。もう半分は当然人の体液である。申し合わせは互いの体液を行き交わす事で成立する。この霧の龍もまた、申し合わせるに相応しい人を常に探し求めていた。

「その申し合わせは、あなた方龍にとって何の得があるのでしょうか?」と女は訊ねた。

「不死の克服。我々は月の力で龍となった。人や獣であった者達が、月に到達した姿の一つが龍なのだ。狂う事もできず、死ぬ事もできない。退屈な永劫の時に囚われた、この世界で最も不自由な超越者である。その原因はエネルギーを産み出し、貯蔵する内部の龍核にある。これの活動が間に合わない程の速さで力を他者に譲渡し、それを繰り返していけば、我々は不死を克服する事ができるかもしれない」

「私である必要とは?」

「お前には十分な器がある。人の躰が龍の力に耐えられなければ、道を通じて力はあるべき場所に戻るだけだ」

「受け容れるとお思いでしょうか?」

 女は傘で頭上から降り注ぐ血の雨を弾いていた。その態度は申し合わせへの拒絶そのものであり、龍はそのアギトで女を噛み砕くしか体液循環の選択肢がない。しかし、女に生き延びる意志が無い以上、絶命の後龍の力によって蘇生する可能性は限りなく低い。申し合わせは成り立たない。女はその事を直感で理解していた。

「構わない。時間だけはある。この霧から逃れる事はできない。お前は次第に飢える。道は半分通じているゆえ、飢え程度で簡単には死ねない。干からびたお前は龍の力を求めるしかない」と龍は言った。

「もう我々は不死の呪いから逃れる事はできないのだ」


 この世界で人や獣から龍に成るには三つの手段がある。一つは月へ至る事、一つは超越者から力を授かり龍核を宿す事、一つは滝をのぼる事。

 しかし、人から龍に成った者の多くはその寿命のあまりの長さに倦み、人に力を分け与える事で、「不死」を克服しようとする。

また、超越者との申し合わせによって力を授かったとして、龍核が産まれなければ龍には成らない。

 名に"神"を冠する超越者の中でも上位存在達に信仰と供物を捧げ、申し合わせを経由せずに、龍核を獲得するという手段も考えられる。しかし神々の力に人の躰は耐えられないだろう。




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