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UTOPIA♯21 沈黙と灯火


少女は蝋燭に火をつけた。冷たい闇の中で揺れる淡い光は彼女そのものだった。強風が吹けばひとたまりもないだろう。

彼女の故郷は先日消えた。巨人が踏みならしたような、大きな圧力がかかって、町は文字通り潰れていた。偶然そこを離れていた少女が帰宅して目にしたものは、平面状に引き伸ばされた家屋と人だったものの残滓である。土地は数百メートルに渡って黒い影で覆われていた。地面を覆う影に手をついて、ああこれは私の故郷とそこに住まう人々だったものだ、と彼女は悟った。

残されたものは肌見放さず持ち歩いていた姉が縫ってくれたクマの縫いぐるみだけだった。それ以外は全てが宿命のように、一ミリとない厚さで、地面にこびりついていた。

沈黙。彼女は姉や故郷を喪った事で大きな悲しみに引き摺り回される事はなかった。ただ瞳の奥、脳の深い場所に、小さな、しかし決して埋め立てる事は出来ない空洞ができてしまったような、奇妙な喪失感だけがあった。

沈黙。そろそろ蝋燭の火が尽きてしまう。今夜はこの枯れ木の下で震えながら眠るしかないだろう。右足の中指が痛む。恐らく霜焼け…。

頭上を見上げた。次第に力を喪う蝋燭の火とは対照的に大きな月が闇の中でギラギラと輝いていた。その大いなる月の光が角膜を突き抜け、脳の奥底に生まれた虚へと触れる。頭蓋にバチっと静電気が反響した。虚の中心で極小の爆発が起きた。意識の明滅……暗闇の中で生まれる丸や三角の図形……。

深い沈黙。少女と共に世界も黙り込んでしまったかのようだった。彼女はいつの間にか自分の指先へと視線を下ろして、一本一本その形を丁寧に確認していた。

「龍に成ろう」と彼女はぽつりと呟いた。 

冷風が吹き寄せ、きちんと蝋燭の火は消えた。

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