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【小説】チュピくん伝説

チュピくん「なぁ?ワクワクしてこねぇーか?」


中学校の少林寺拳法部の思い出を文字にしました。
チュピくんと過ごした青春は人生の宝です。
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 人生はカオスです。運命とは何%まで自分の努力でコントロールできるものなのでしょうか。
 2003年、中高一貫の私立中学校へ入学した僕(武田)は、部活動の体験期間を迎えていました。スポーツ経験がなく、特別やりたいこともなかったので、席が隣の松井くん(以後、まっつん)と囲碁部の体験へ向かいました。当時は『ヒカルの碁』と『テニスの王子様』が流行した影響で、囲碁部とテニス部が大人気でした。


 囲碁部には大勢の新入生がいて、アニメで見た囲碁盤が並んでいます。体験は、先輩と対戦しながらルールを教えてもらえる形式でした。初めて碁石を触るとひんやりしていました。先輩たちはみんな親切で、まっつんも楽しそうに打っています。体験が終わる頃には囲碁部に入部しようと考えていました。


「一生のお願い!明日、少林寺拳法部に一緒に行って!」



 帰り道、知り合って一週間のまっつんに一生のお願いをされました。理由を聞くと、親が空手経験者で「中学では武道で黒帯をとれ!」と強く言われているとのことでした。
 この学校では少林寺拳法部と軽音楽部が全国大会の常連らしく、存在だけはパンフレットで知っていました。少林寺という言葉から、漠然と映画の『少林サッカー』を連想しました。空を飛んだり、キックで人を吹き飛ばすのでしょうか。
 運動は苦手だったので、体験に行くのは不安でしたが、まっつんの「見学だけでいいからさ!」という押しの強さに負けて付き添うことなりました。
 これが天国(地獄)への入り口とは知らず…


 翌日の放課後、ジャージに着替えて少林寺拳法部へ向かいました。練習場の小体育館ではすでに新入生が五名体験していました。


バシッ!バシッ!



 ミットを蹴る音が体育館に響いています。新入生は一列に並んで、身体の大きな先輩が持つ『BEGIN』と書かれた大きなミットめがけて順番に蹴りこんでいます。


 その奥では先輩たちが組手をしていました。相手を投げたり、蹴ったりしていて凄くカッコいいです。中高一貫の学校なので、高校生と合同で練習しています。高校生の先輩は背が高くて雰囲気も大人に見えました。


「君たち新入生?こっちでミットを蹴ってみなよ!」


 入口で様子を伺っていると、黒い帯をつけた先輩が優しく話しかけてくれました。僕は「見学だけ」と伝えられず、新入生の列にまっつんと一緒に並んでしまいました。蹴りなんてしたことがなかったので、心臓がバクバクしていきました。


「自分の思うように蹴ってごらん!」



 あっという間に自分の番が来ました。心の準備はできていませんが、前の人の見様見真似でミットを思いっきり蹴りました。


「いいね!その調子!」


 下手な蹴りだったと思いますが、人生初の回し蹴りはすごく興奮しました。ミットは意外にやわらかくて痛みはありませんでした。「楽しい!」と安心感が芽生えると、そのまま夢中になって何回も蹴りを繰り返しました。


「もっと腰を入れて蹴ってごらん!」


 先輩からのアドバイスで身体の使い方を変えると蹴りの手応えが大きく変わりました。短時間で自分の成長を実感できて感動しました。慣れない運動で息が上がっていましたが、僕も周りの新入生もみんな活き活きしていました。


「スポーツ経験がなくても少林寺拳法部に入れますか?」


 優しそうな先輩へ勇気を出して声をかけました。実は子どもの頃から少年マンガが大好きで強い男に憧れていました。しかし、小柄で臆病な自分にはスポーツは向いてないと決めつけていました。


「やる気さえあれば経験がなくたって平気だよ!」


 先輩は笑顔で優しく答えてくれました。

「ミットに書かれている"BEGIN"の意味わかる?」


 続けて僕に質問します。

「わかりません」


 正直に答えました。

「"始める"って意味なんだよ!」



 先輩は「最初はみんな初心者だから、怖がらずに勇気を出して始めればいいんだよ!」と前向きなアドバイスをくれました。その先輩も運動経験がなく入部したそうです。これには勇気をもらいました。
 僕は囲碁部のことなどすっかり頭から消えて、少林寺拳法に夢中になっていました。中学一年生の男子なんて単純なんです。




「たのもおおおおおおおッッッ!!!!」


 突然、体育館に大きな声が轟きました。これには体育館にいた全員が驚き、視線を入り口へ向けました。そこには、『細身の長身・新品の制服・ボサボサの髪』の男が仁王立ちしていました。制服が新品なので新入生のようですが、身長は175cm以上ありそうです。
 何事かと、慌てて近くの先輩が声をかけにいきました。


「少林寺拳法部の見学がしたいのですが」


 どうやら道場破りではないようです。ジャージを忘れて制服のまま来た新入生でした。中へ案内されると、何も言わずに壁に寄りかかり、新入生がミットを蹴る様子を腕を組んで見つめています。背が高いからなのか、堂々としているからなのか、只者じゃない雰囲気が漂っていました。


「見てるだけじゃつまんないでしょ?」


 しばらくすると、一人の先輩が彼に練習への参加を促しました。彼は大きく頷くと、制服のままで新入生の列に合流しました。僕の後ろに並ぶ彼は巨人のような迫力でした。
 僕が蹴り終えると、ついに彼の順番になりました。練習中の先輩たちも動き止め、彼の挙動に注目します。道場破りのように現れたこの男は、一体どんな蹴りを繰り出すのだろうか。

「自分が思うように蹴ってごらん!」


 先輩は僕に言ったのと同じ声掛けをしました。彼はゆっくり大きく頷きます。ミットを持つ屈強な先輩は彼に鋭い目線を向け、いつも以上に重心を低くして身構えています。
 興味や期待の視線が集まる中、彼は大きく下がって距離をとったかと思うと、ミットめがけて一直線に走り出しました。


「ひいいいゃゃゃああああ!!!!!」



 そのまま両膝を折り畳むようにジャンプすると、鋭く突き出した両足の裏でミットに蹴りこみました。


 そう、ドロップキックをしたのです。ミットを持つ先輩は、予想外の衝撃で後ろに吹き飛ばされていました。

"ゴンッ!!"



 蹴り終わった彼は、顔から床に落下しました。鈍い衝突音が体育館に響きます。ドロップキックの後に受け身が取れず、顔面を強打したのです。ギャラリーは静まり返りました。みんな目の前で何が起こったのかすぐに理解できなかったのです。
 彼は起き上がれず、うずくまっています。


「大丈夫??」



 心配した先輩が練習を中断して、慌ててそばに駆け寄りました。彼は鼻血を流しながら、意識が朦朧としている様子です。
 先輩に肩を借りると、そのまま保健室へと運ばれて行きました。

”たった一発のドロップキックで自らを保健室送りにした男”



 僕の人生に彗星のごとく現れた謎の男は、深く脳裏に刻みこまれました。これが『チュピくん伝説』の始まりだったのです。

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