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No.1038 いったい、一路は?

「ビデオ(video)」とは、ラテン語の「videre」から派生した「見る」の意だそうです。
 
再生可能なビデオのお蔭で心が和んだのは、浅田次郎の小説をテレビドラマ化したNHKBS時代劇「一路」(2015年7月31日~9月25日放送)でした。

突如、参勤行列の差配を任された19歳の小野寺一路(永山絢斗)が、お家乗っ取りの謀略と道中待ち受けるトラブルにもものともせず中山道を駆け抜ける。一路は果たして12日間で江戸にたどり着けるのか、手に汗握る展開が待っている。

WEBザ・テレビジョン「一路」案内記事より

その「一路」(最終第9回)のお話は、心に疼きを覚えます。家督相続を巡り数々の難題を乗り越えて江戸に到着し参勤交代(行軍)の任を終えた小野寺一路の叔父・惣十郎(梶原善)が、蔵役・佐久間勘十郎(藤本隆宏)に自らの不遇を語るシーンがそれです。

「わしは、ずっと兄・一路の父を嫉妬しておった。何事もわしより上手で親からも目をかけられておった兄をのう。それ故、兄そっくりに育って行く一路を見る度に悔しくて、なぜ己れがその立場になれぬのかと…。」
「小野寺殿、人にはそれぞれに宿命というものがござりまする。他人と比べるのではなく、その宿命をただ全うすれば良いのでございましょう。それが人の生きる道かと…。」
「あと何年、この命と腰が持つかのう。」

不満を託っていた叔父の惣十郎でしたが、憑き物が落ちたような顔つきになりました。役者さんの表現力の巧みさに「ほ」の字の私です。

不遇をかこちたくなる人生は、私だけではなく誰にもあると思います。与えられた中で、心安らかにあるがままを受け容れることの難しさ、辛さ。しかし、誰のものでもない己だけの一生です。与えられた「我が一路を全うしたい」と思わせる時代劇でした。
 
その主役を見事に演じたのは、俳優の永山絢斗(当時、26歳)でした。その8年後の今年6月、自宅マンションで乾燥大麻を所持したとして逮捕されました。
 
裁判官は、
「18歳か19歳のころから仕事の緊張を緩和して安心した気持ちで眠りにつくことができるように大麻を使用するようになり、周囲から注意され、やめる機会があったにもかかわらず使用を継続していた。依存性や常習性が認められ、強く非難されるべきだ」
と指摘し、懲役6か月、執行猶予3年の判決を言い渡しました。
 
「一路」を演じた彼だからこそ、その思いに打ち勝つ強い力を与えられたと思っていましたが、彼自身の役者人生を支える不安やプレッシャーは、そうでもしなければ耐え難いものだったのでしょうか?

自分のものにすることの難しさゆえの尊さを、改めて思うのです。


※画像は、クリエイター「言葉おこし@旅と祭りと古代史と」さんの、タイトル「【祭りの風景】深き緑に映えるあでやかな花嫁衣装〜田島祇園祭(福島県南会津町)」という「花嫁行列」の1葉をかたじけなくしました。あでやかで、みごとな画像に見入りました。お礼申し上げます。
その祇園祭にゆかしさが思われます。ネット検索しましたら、今年も7月22日~24日までの3日間行われたそうです。