那覇大綱ひき

知ってた?那覇大綱挽のトリビア


ギネス級の大綱を1万5千人が挽きあう、那覇大綱挽、毎年28万人が
見物に訪れる、こちらのイベントは、毎年10月の体育の日の3連休の
中日に、久茂地大通りを封鎖して行われます。

今回は知って自慢できる大綱挽トリビアを御紹介しましょう。

歴史は550年、古琉球の時代から続く那覇大綱挽


那覇大綱挽は、西暦1450年頃に始まり琉球王朝の祝い事や
中国から来訪した冊封使歓待の特別に行われた国家的な催しでした。
現在は、久茂地交差点で行われていますが、これは敗戦後に
那覇の中心市街地が米軍に接収された為に、都心の機能が移転した為です。
戦前は、那覇四町綱と呼ばれ、四つの町と周辺の町が東西に分かれて
綱を挽いていました。

昔は、夜に行われていた那覇大綱挽


現在の大綱挽は昼ですが、戦前は夜に行われていたそうです。
テーと呼ばれるかがり火を焚いて、旗頭には(灯篭)と言って
灯りを入れて、街灯代わりに利用していました。
今でも行われる旗頭行列の旗の頭頂部にとぅーるーと呼ばれる
オブジェがついているのは、昔、本当に灯篭を入れていた
名残りなんだそうです。

那覇大綱挽きで一番盛り上がるポイントは?


一般に綱挽というと、最初から一本の綱を連想しますが、
那覇大綱挽の綱は違います、最初は雄綱と雌綱に分かれており、
綱の両端は輪っかになっているのです。

いよいよ挽き合うという時に、二本の綱は引き合わされ、
雌綱の輪に雄綱の輪をくぐらせて、頭貫棒と呼ばれる棒を
貫いて固定します。

この一連の行動をかぬちちじ(頭貫継ぎ)と言い、
那覇大綱挽がもっとも盛り上がる場面です。

支度の登場人物は昔、弁慶や義経だった


カヌチチジの後には、東西から、歴史上の人物に扮した人が
やって来て見栄を切ります、これを支度と言い、護佐丸や、
阿麻和利、尚巴志のような、琉球史上の人物が、
登場するのですが、これは昔からそうだったわけではなく、
江戸時代末の那覇大綱挽では、弁慶や義経、平知盛のような、
日本の英雄、豪傑が登場しています。

まとめ


那覇大綱挽は28万人という大勢の観光客でごった返すので
その日に那覇周辺に用事がある人は注意が必要です。
久茂地交差点は完全に封鎖されますからね。
ブログ主は、那覇マラソンの当日に那覇に行く用事があり
間に合うか冷や冷やした事があります。


今日のニュースを語ります。