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【知床から箱庭の島へ③】硫黄山

▽6.25 wed

 4時起床。晴れ。
いよいよ第42回北海道高等学校登山選手権大会(兼全国大会予選)の本番登山が始まる。 ぼくが高校3年生の頃に選手として参加していたものである。インターハイと呼ばれているものである。 あのときは東大雪のニペソツ山とウペペサンケ山の連続登山だったな。

この初日は、知床硫黄山(1,563m)。 有名な「カムイワッカ湯の滝」の先にその登山口があり、今も裾野では硫黄臭の噴煙を上げ、古くは純度の高い硫黄が採掘されていた地でもある活火山の山である。

冷たい夜明けを越え、山たちも新しい一日を迎える顔の支度を、空と仲良く始めだす。

ウトロのBCから登山口までの道路を朝一番で向かうと、エゾシカたちの群れだらけである。
動物園、いや、サファリパーク並み以上である。 しかも、逃げない。道路を譲ってくれないのである。
その後の後続車は、ヒグマを3頭も見たと喜んでいたが、登山をする前からそんなものを見たら、いくら熊除けスプレーがあったって山には入りたくないよナと、怖がりのぼくなら思うよ。

こういった光景や状況を「野生」とは、どこか思わないぼくがいる。 「知床の自然」には変わりないのだけれども。
「野生」とは人間(他生物)を怖れるものだ、という固定感覚を持ってはイケナイのかも知れない。 それだけ人間という生物の存在が危険ではないという学習遺伝子になってきたのだろう。 ここは知床。 知床は知床で、知床は知床なのである。

6時出発。
今回の大会でのぼくの任務は、無線機を持ってのコースパイロット。 本隊の先頭をゆく、つまりは道先案内人みたいなものである。

高校生は速く、また隊が大きいために歩調のペースをとるのも、なかなかと難しいものである。 それでも、高校時代から山行を共にしてきている、その高校に勤めるIさんと一緒なので心強い。
Iさんはすでに定年している齢なのだが、スリムで足腰強く、何と云ってもお人柄がとっても良い人なのだ。

久しぶりの登山?なので、最初の50歩くらいでハアハアゼイゼイとするも、次第に身体が慣れてきてくれて、呼吸が安定し、足の歩幅やリズムがそろってゆく。
我が身体よ、ありがとう!と、いつも思う。

幾度と来ているこの山だが、どうも記憶が新しいよなあと頭の中をグルグルさせると、そうである、昨年6月の地区大会で雷雨と濃霧の中で登ったのである。

新噴火口を過ぎ、ハイマツの匂いを感じる登りをたどり、残雪で埋まる雪渓の硫黄沢へと降りると、だんだんと天気が悪くなる。
というより、天気の悪い高度に、ぼくたちが位置してゆく。
濃霧(ガス)なのだ。 しかも、湿った南東からの風である。 オホーツク高気圧が、南の低気圧や前線たちに負けてきた証拠である。

雪渓を登ると、いつも思う。
この15年選手の登山靴を替えよう、と。
雪渓上では、ツルツルの靴底では滑るし、ステップ(足場)をきられない。岩場でも危ない。
さらに穴も開いてきているので、多少の雪渓でも、靴の中はぐちょぐちょになる。

本隊から気持ち的に追われるように、ようやく雪渓の沢を登りきり、通称:硫黄の肩(稜線)にでると、断続的な突風の風衝地帯である。
体重の軽いぼくは、ホントウに、あ~れ~っ!と飛ばされそうになる。 しかも湿った風なので、じびりじびり濡れてゆく、その不快感を何と表現したら良いものか。

この地帯は知床山系では数少ない砂礫地であり、知床山系の固有種「シレトコスミレ」が点々と自生している。 つまり、国内、いや世界中には「ここ」にしかない。
この貴重な砂礫地帯にはロープなどを張って、登山者の足からの保護をしていきたいものである。

風強く、頂上は見えなくても、そのまま任務遂行のため、ひどい風を受けつつ、視界のない中、頂上をめざす。

9時30分、狭い頂上着。 視界は空と雲のみ也。 どっしりした羅臼岳も連なる知床連山も、遙かなる知床岳も、何も望めない。
時間差で登ってくる男女各隊が頂上へ立ち、全員が頂上から下山を完了するまでの2時間、ハイマツの中に転がって強風をさけ、各隊の無線中継や状況報告を行いながら、ダイナミックに雲の移ろう様を、一人、優雅に楽しんだ。

羅臼岳方面を望む

雲たちは、知床連山の盟主である羅臼岳がある辺りをレンズ雲のように重く忍び流れ、湿った空気がオホーツク海上で冷やされ、湧き上がり、まさに生きている雲たちの姿を見ているようだ。
それらの壮大な現象の光景は、まさに天空の城が現れる瞬間を見る壮大な思いである。

知床岳方面を望む

ようやく下山OKだよとの無線指示があり、最後から下山開始。 硫黄の肩から硫黄沢へ下り入ると、天気は回復してきた。よくある話である。

さわやかな青い空と優しい蒼さのオホーツク海、背に受ける初夏の太陽を反射する白く眩しい雪渓と、素晴らしいコントラストになり、その沢間を高校生たちの若々しい清らかな声がこだまする。 う~ん、いいですねえ。

14時30分、最後尾で登山口に到着。
ご丁寧にも役員の方が缶ビールを差し出してくれるも、ぼくは「ジュース」(特にコーラが望ましい)を選ぶ、「お子ちゃま」 である。カラカラに乾いた喉に流し込む琥珀色の液体の魅惑をぼくは会得していない人生なのだ。

しかし、最後尾だったため、その他の飲み物は「お茶」しか残っていなかった。無念なり。

帰路の知床林道や知床五湖公園線から見上げる知床連山は、初夏の青空にズラリと礼儀正しく揃って笑っていた。 少し恨めしい気持ちがする。
オホーツク高気圧も日中の気温の上昇と共にこの日の後半戦は勝ったのかも知れないな。 明日もそのまま頼むよう、と日焼けした顔に眼を細めて願った。


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