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連作短編小説「計算し尽くせない人智を超えたもの」『白木の棺』

主人らは、早速設計図の作成にかかりました。私は、父から宮大工たるものは、頭の中にしかと図面を叩きこんでおくもので、紙に書き込むものではないと教え込まれていました。

誰かに見せる必要もないので、棟梁の頭の中にさえきちんと頭に中に入れておけさえすればいいと言われていたので、正直主人らを見て驚きました。

主人も、中井様に通い詰めて徹底的に教え込まれたのでしょうか平然としております。

驚く私に、まずは大まかな図面を書いて、縮小した模型を作り、寸法や材料の修正をして、正式な図面を書いて、見積もりを書いてお奉行様の承認を得ない限り、手をつけることが出来ないのだと申しております。

私の父が生きておりましたら、仰天するでしょう。宮大工が、お上の顔色を窺うようになったら世も末であると嘆くでしょう。

とにもかくにも、世の中は変わってしまったのです。どちらも一理あるのですが、今は主人のしている通り、時代の流れに従って行くしかないのかもしれません。

ここでも甚五郎は、力を発揮しました。模型を作るまえの大まかな図面を甚五郎が、率先して書いています。

主人が、読み上げる数字を甚五郎は、何と右手一本だけで規矩扇子を起用に繰り回し、左手に筆を持って書いてゆくのです。見事なものです。

下絵も何もなしに、書いてゆきます。

絵師が魚の鱗を一枚一枚丁寧に書くように、垂木を一本一本丁寧に書き込んで行き、その下の肘木も隙間なく書いてゆきます。

出来上がりを見せてもらうと、それだけで立派な山門が目に浮かびました。

早速出来上がると、五味様のところへ、それを持ってゆきました。五味様も事前に城内で、小堀様が主人に口添えしたことを聞いていらしたので、すぐに了承を得て、模型を作ることになりました。

瓦こそ使いませんが、それ以外の部分は、組の者が総出で部品を作って行きます。若い大工などは、ここは腕の見せ所と張り切って、細かい部品を一つ一つ作って行きます。作業場に並べられた部品の数々を見て、びっくりしました。

よくぞここまで、細かい部品をこんなに沢山作ったものだと感心してしまいます。一つ一つが、本物と一寸違わず作らないといけないということで、ほぞ穴やくさびなどもきちんと作られています。

垂木に至っては、細い割りばしのようなものが、何本もあります。

そばを食べるにはちょうどいい箸になると思って、二膳分ほど持って行こうとしましたら、若い大工に偉い剣幕で、怒られました。

何やら、甚五郎が書いた図面をもとに部品の個数は決まっているので、一個たりとも余分はないそうなのです。

こんなに沢山あるのですよ。

まさか、数まできっちりと作っているとは思いもよりませんでした。

何事かと思って、甚五郎が来ました。若い大工が説明していましたが。それを聞いた甚五郎は、私の方をちらりとも見ずに、黙って戻って行きました。

不愛想なのですが、あれで甚五郎の良いところ間も知れません。

材料が出来上がったところで、今度は組み立てに入ります。

地鎮祭こそしませんが、各棟梁が集まってきていて、その下の代表の者が組み立ててゆきます。

実際の建物は、木の重みがあるので、建物が高く大きくなってゆくほどに重みでしっかりと建つのですが、模型ともなるとやはりも重みが出ません。

ですから要所には、膠(にかわ)で固定してきます。

一つ一つを積み上げてゆく作業は、大人が集まって、子供の積み木をしているようで、滑稽に見えますが、皆が真剣な眼差しで取り組んでいます。

斗栱(ときょう)を八割方積んでいたところで、一同の動きが停止しました。主人は、その中心で腕を組んで難しい顔をしています。棟梁らが集められました。

斗栱(ときょう)を床に並べて、額を突き合わせて、何やら話し合っております。甚五郎やら若い大工らが呼ばれました。

若い大工は、それぞれの棟梁に指図されて、残った斗栱(ときょう)を一つ一つやすりで削って行きます。

傍で見ていても、ため息がつくほど細かい作業です。甚五郎は、それを一人で一つ一つ帳面に書き入れて行きます。

「どんなに緻密な計算をしていても、誤差が出てくるものだ。五十分の一の模型でさえ、これだけの誤差が出るのだ。実際の建物になるともっと誤差が出る。誤差は出るものなのだ。それを承知で、埋め合わせをして行くのが大工の仕事だ。心して掛かってくれ」

主人は、棟梁をはじめ皆の大工がいる前で、話しました。

私が言うのもおかしいですが、主人も立派になったと思います。

私の父の組に入って来た頃は、おとなしくて無口な子供やったそうです。

しかし、父は早くから、この子は立派な大工になると、見込んでいたそうです。修行の手始めに、刃物研ぎをするのだそうですが、群を抜いてその研ぐ音が、小気味よくて、乱れがなかったそうです。父くらいになると、研ぐ音を聞いただけで、刃先の出来上がり具合や、将来の腕前まで分かる者やそうです。十年もやっている者でも、出せないような音を出していたのやそうです。

改めて、父の見込みは、間違っていなかったのだと思いました。

その父も、常々申していたのは、「木は、生きているのや。山から切り倒して運んできて、皮を剥いで削っても、生きてはる。ずっと生きてはる。千年も二千年も生き続けてはるのや。それを見越して、材木と向かい合わんといかん。我々は、千年先のことまで考えて仕事をしないといけない」ということです。


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