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79冊目【本のはなし】ボウケンノショ ガ アラワレタ/書活57日目



冒険ノ書ガ開カレタ、今ココニ新タナ冒険者ガ誕生スル。

古本はどうも苦手だ。匂いもそうだが、触ると手がピリリとするからだ。ピリリ、膜が張ってある手触りを感じるような…。


以前、小さな印刷屋で働いていた。JR総武線・錦糸町と東京メトロ東西線・東陽町の真ん中あたりに印刷屋が、割と多く存在する。その中の一つが私の勤め先。工場とは離れた本社の営業事務だった。


仕事は程よくあり、上司や先輩、来社してくる関係者のみなさんに優しくしていただいた。話題のお店などがあれば、近くに寄ったからとお土産に持ってきてくださったり、三段ある引き出しの、二段目にはお菓子を補充してくれる上司もいた。目が合うたびに「おなかすきました」と言っていたからだろうか。その平和な空間を愛していた。


新しい紙とインクの混じりあう香り、時々聞こえる機械音。摺りたての、といってももう乾き切っている真新しい印刷物を受け取りに行くたびに、インクと真新しい紙の香り。シャキッとするような爽やかさ。

台車に乗せた紙は重い。最初のひと押しさえ出来ればあとはスムーズに風になれる。さっき吸い込んだのが鼻奥に残っているのか、台車の紙からなのか、渋めと爽やかさと甘いのが混じり合った香り。それが、新しい紙とインクの香りだろう。心が踊る。


紙の匂いを求めるならば、新書を買うこと。
まず最初ににおいを嗅ぐ。真ん中のページ、ちょうど紐のしおりが挟んであるページが良い。そこに鼻を埋めて存分に嗅ぐ。


どんな香水よりも好きなのだ。時々、見かける文豪やその作品をイメージした化粧品。次作を出すならば、それに近しいものを出してもらいたい。


古本には、それがない。前の持ち主がどこかにいるからだ。手触りで感じていた膜のようなものは、その人の存在をありありと感じるのだ。


しかし、古本には憧れはある。
出版当時の装丁をこの目で見てみたい、だから古本屋に立ち寄りたい。しかし、敷居がどうも高い。


東京の古本、古本屋といえば神田神保町。神田は、父が一時期、事務所を構えていたのか、なんだったか忘れてしまったが、書類を届けに行ったことがある。


待ち合わせをした場所は、駅から少し歩いたところ。古本屋が並んでいた。どのお店も、扉は開いているのだが、入りづらい。


いや、誰かと歩いていた…母と弟とだ。もの珍しく眺めていたけれど、大人でなければ入れない場所だと言われたのだっけ。あの店の奥がどうなっているのか、好奇心をくすぐられたものの、拒絶をされている気分だった。


神田の記憶は、それだけ。現在も単なる通過点として過ぎていく神田。私の中で「憧れの街」へと変化している。


そういえば、印刷屋の先輩社員は、カレー好きな可愛らしい女性だった。神田の有名店をいくつか紹介されていたっけな。神田といえばカレーでもある。


憧れの街だが、古本への苦手意識。それを払拭できるかもしれないと開いた作品。


ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (三上 延


舞台は鎌倉にある古本屋、持ち込まれた古本とそれにまつわる謎を女店主が、解き明かしていくシリーズだ。


登場する古書に関しての様々なうんちくが、興味をそそる。この本を読むまで、古本と古書を、混同して考えていたのだが、どうもはっきりとわかれているらしい。


古本は、比較的新しい本や品切れ、絶版本。古書は、品切れ、絶版本になって多くの年数が経過している本のこと。


つまり、この作品で取り扱っている古書たちは、なかなかお目にかかれない。しかしこの主人公の説明が巧妙で、興味がそそる。すぐにでも読みたくなってしまう話ぶりに、読んでいるのに思わず身を乗り出してしまった。


この古書店は、存在しない。架空の世界にある話なのが歯痒い。

せめて、いつか紹介された古書たちに出会えることができたならば…という思いで、タイトルを記録する。読むたびにそれが増えていく。


そうか、古書めぐりは冒険か。長きにわたるその旅で、宝と出会えるのかわからない。しかし、その先で予期せぬスリルと新たな世界に触れるかもしれない。


古本が苦手とは、言っていられない。この作品で知った古書たちに出会いたい。


さあ、冒険の書が開かれた、今ここに新たな冒険者が誕生する…。

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