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蚊みたいなものと名乗る声。【短編小説】

経費の関係で安いホテルに泊まった。
どんよりしてる。
壁にシミが目立つ。電気をつけても薄暗い。窓もない。ベッドの毛布はペラペラで、広さも申し訳程度に床が見えるぐらい。
テレビが割と立派。でもつけてみたら地上波は写らないただのモニタだった。アマゾンプライムなら見れるみたい。

僕はベッドに横になり、アマゾンプライムで映画「ゴーストバスターズ/アフターライフ」を見始める。
ゴーストバスターズ2からの約30年ぶりの続編。最初の2作もうろ覚え。
そのうち、寝ちゃえばいいかなと、なんとなく眺める。

ゴーストバスターズのメンバーの一人が死んでその子供と孫がボロ屋を相続し引っ越してくる。

眠くなってきた。
消そうかな。
と、リモコンに手をかけると、

パッ。
と、照明が消えた。
なに?

「23時消灯なんです」
「ああ、そうですか」

ん?

僕は誰と話してるんだ?
「すみません、姿は見えないので」
「へ?」
僕は慌てて飛び起きて、
「誰?」
「怪しいものじゃございません。蚊みたいなものだと思っていただければ」
僕は、聴こえている声に恐怖を覚えつつ、ゆっくりと、身体を起こす。
オバケ? まさか。いや、でも。
「オバケ……ですか」
「いや、その響きだと怖いと思っちゃいますよね?」
「え、ええ」
「蚊みたいなもので」
「蚊ではないですよね」
「蚊みたいなもので、プーンって、プーン」
と、声は蚊の飛ぶ音を真似た。
「あ、いや」
僕は鳥肌が立つのを感じつつ、コミュニケーションが取れてることと、言葉が丁寧であることに混乱しつつも、若干の余裕がうまれた。
「あの、なにかご用意ですか?」
「あ、いや、何気に申し上げ辛いのですが」
「はあ」
「続きを」
「へ?」
「ゴーストバスターズ、好きだったんです。昔のやつ」
「あ、ああ」
「それ見終わったら、今度は蚊より静かにしてますので」
「……」
僕は停止していたゴーストバスターズ/アフターライフを再生した。
「当時のメンバーも出るらしいんですよ」
と、声は言った。
「へー」
「監督のジェイソン・ライトマンは1作目と2作目の監督だったアイヴァン・ライトマンの息子なんです」
「はあ」
声はしきりと、僕にも映画に興味をもってもらいたいらしく話しかけてくる。

映画が進んでいく。
なかなか面白い。

「わたし、なにかしら心残りがあって成仏できないらしいのですが」
と、声が突然自分の話を始めた。
「その心残りがなんだかわからないんですよね」
「それはまた……大変ですね」
僕もゴーストを扱った映画の内容も相俟ってか、声の存在に慣れてきていた。
「ありません? 突然学生時代の嫌な奴のこと思い出してムカムカして収まらなかったりすることとか」
「ああ、あるかもしれません」
「あんな感じで思い出すことを期待してるんですがね」
「なるほど」
そこで会話が止まり、僕と声は映画を眺めた。
車で追いかけてゴーストを捕獲するシーンはなかなか見応えがあった。

「でも、あれですよ。過去の嫌な奴を思い出したとき僕が思うのは、ああ、こんなにも人って恨みが根深く残るものなんだって教訓のが強いかもしれません」
と、僕の感想を言った。
「ああ、それはあるかもしれませんね」
「だからノリだろうが、ポジション確保だろうが誰かを傷つけてはいけないなって思ったりします。無自覚にやってることもきっとあるだろうし」
「ええ、そうですね。おっしゃってることわかります」

僕と声は映画を見続けた。

「思い出せない恨みなら、思い出さなくても良いのかもしれません。そんな気がしてきました」
と、声が言った。
「そうですね」
「でも、それでわたしは成仏できるのでしょうか?」
「ふむ」
それは問題かもしれない。

「この世に未練という話であるなら、このゴーストバスターズは消さないので最後まで観られますから、まあ、ごゆっくり」
「あ、ありがとうございます」

僕と声はモニタのゴーストバスターズ/アフターライフを見続けた。

「あ、ここ、亡くなったハロルド・ライミスがほら!」
と、声が興奮しているようだった。

「会えるかもしれませんね」
と、僕は言った。

「え?」
「あの世でなら」

エンドロールが流れ始めた。
僕が止めようとすると、
「あ、この後にも映像あるらしいんで!」
と、声が言った。

映像はちゃんとあった。
これは見逃したくないよなと思った。

映画が終わった。

「ありがとうございました」
と、声が言った。
「どういたしまして」
「なんだか成仏できる気がします」
「それは良かったです」

その後、声はまったく聴こえなくなった。
成仏できたかどうかはわからない。

僕は朝までグッスリ眠り、またいつもの日常へと戻った。

もちろん、ゴーストバスターズを観てるときにゴーストと会話したなんて出来事は鼻で笑われて馬鹿にされそうなので誰にも話していない。






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