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覚醒【短編小説】

ある日唐突に覚醒した。

「ん?」

唐突すぎて笑ってしまった。
浅香唯の「幸せの色」を聴き終わり、「愛の元気主義(1989ライブ版)」が始まってすぐに覚醒したのがわかった。
浅香唯が、観客に「みんな元気?!」と、呼びかけたところだ。
場所は、東海道線の茅ヶ崎と辻堂の間。

「ヤバっ」
と、思わず声が出た。

覚醒とは?

突然、視界が広がり頭の中がクリアになった感覚。
色々と体中にへばりついていた憂鬱や、不安や、悩みが消え、
「そういうことではない」
という「感じ」に包まれ、その状態がただ受け入れられた感覚。
涙が出そうになったが、こらえた。

イヤホンからは「愛の元気主義」が流れ続けている。
染みわたっていく。

僕は、藤沢駅で降りて自動的に身体が動いていく流れに任せている。
そのまま江ノ電に乗り、海まで。

海を眺めながら、
「幸せだなぁ」
と、呟く。
イヤホンを外し、しばし日差しを浴びながら風を感じる。

「あれ? 久しぶり」
と、声をかけられ振り向くと、湘南に住む同級生だった。
「仕事は?」
と訊ねられ、
「どうも今日はいいらしい」
「あら、いいね、そういうの」
「気持ちいいね」
「そういえば、広島風お好み焼き食った?」
「ん?」
「ずっと、関西風しか食べてないからって食いたがってたじゃん?」
「そんなん言ってたね」
と、僕はその話とともに、「広島」のキーワードに心が反応しているのに笑った。

「あ、これいる?」
と、僕は会社で使おうと家から持っていた小型扇風機を同級生に差し出した。
「え、マジ! それ今まさに欲しかったんだよ、なんで?」
「そうなってんだよ。たぶん」
「笑える」


そのまま僕は会社へ行き、辞職を伝えた。
有休消化を含めて、引継ぎで5日ほど出勤して、広島まで旅行へ行った。
適当な駅で降り住宅街で「居住者募集」看板を見て不動産屋へ連絡を入れアパートを契約。

アパート近くの喫茶店で、
「ブラブラしてるんならこれやったら?」
と、店主に言われて、社員二人の小さなデザイン会社で「ゆるキャラ」のイラストを描く仕事に就いた。
作業の量も空気感もちょうどいい。

そこで恋に落ち、年末に渋谷の浅香唯のライブへ二人で行き、翌年結婚した。
先のことは分からない、けど、怖がることはない。
「なんで、あなたは広島に来たの?」
と、彼女は運命について訊ねる。
「そうなってるんだよ。たぶん」
と、僕は笑った。

今も頭はクリアで気持ちいい。
毎朝の「愛の元気主義(1989ライブ版)」は日課である。
「みんな元気?!」
と、浅香唯は呼びかける。



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