愛ゆえに

「私のすべてになんて気が付かなくていいから、大事なものを大事にしてほしかったよ。」
泣くのをこらえた鼻声で、彼女はぼそぼそとつぶやいた。

最後に、彼女が曇りのない表情を見せてくれたのはいつだったかなと一人で振り返る。綻びが見えたのは年末のこと。クリスマスイヴにわざわざ有休をとってまで会いに来て一緒に過ごした彼女を大泣きさせた。説得したつもりだったけど、結局僕の都合ばっかりで何も解決などしていなかった。年が明けてから何度か会いに来てくれたけど、結局僕は何も変わっていなかったし、多分彼女はもう前みたいに笑っていなかった。
そんなタイミングで新型ウイルス蔓延により、遠距離の僕たちは簡単に会うことすらできなくなった。彼女は変わらず仕事が忙しそうだった、一方で僕は仕事にも大きな影響を受けていて正直彼女どころではなかった。月に1度彼女からかかってくる電話も、適当になってしまうくらいには追い込まれていた。徐々に制限が解除されて、新しい生活様式なんてものができた頃、彼女からの連絡が止んだ。「必要以上に連絡してこないでほしい」と彼女に告げたのは蔓延が始まった頃だったけれど、そこからも用事があれば度々連絡はきていたし、僕も適当に返してはいた。ぱたりと止んだ連絡の意味なんて考えることもなく、ただ時間だけが流れていた。

「忙しいことを理由に、私を蔑ろにする人と、この先も生きていこうと思えない。もう25だからね。若くないから私も。」絶対、言おうと思っていた言葉は声にならなくて、涙をこらえた鼻声でぼそぼそというのがやっとだった。
きっと私も悪かったところあるよなぁ、と会えなかった3か月間で振り返たりしたけれど。出会ってから8年、ヨリを戻してから1年半、彼の優しさに甘えていたのはずっと私だった。極めて低い自己肯定感、HSPと呼ばれる気にしすぎ、顔色を見ては捉え方がネガティブだと言われ、被害妄想だと言われ、そんな自分が嫌いだった。
そしてこの3か月は仕事、仕事で散々で。上司に怒鳴られるわ、諸々巻き込まれて踏んだり蹴ったりだった。彼に話を聞いてもらえるでもない、気にかけてもらったでもない、泣きたい夜に頼れない、それの繰り返し繰り返し繰り返し。なにも生まないそんな3か月間だった。
なんとなく「結婚するのかなぁと」思って付き合い始めた気はしていたけれど、人生なんてそんなに甘くなかった。理想と現実は違うし、所詮夢は夢。結婚なんてましてや相手のある話で、それを実現するにはそれ相応の運とタイミングが必要だよなとしみじみした。先日、3年付き合った彼氏と別れた友人が「別れるつもりなんだったらさ、結婚しようとか言うなよって話なの。1か月前に結婚しようといった人が、次の月に別れようって言ってくるとか意味が分からん。」と怒っていたけれど、「言われたことすらなかったなぁ。」とこっそり思っていた。ある意味それが、彼の優しさだよなとわかってはいるけれどそうもいってられないのが25歳。
別れることを決めた一番の要因が、誕生日だった。私は無事、四半世紀を生き抜いたけれどLINEのひとつすら、彼からは届かなかった。会えないのも、金銭的に余裕がないからプレゼントがどうとか言えないのも、全部わかっていたから許せた。けれど、何も言われなかったことについては許せなかった。もともと高くない自己肯定感は一気にしんかい6500ほどの深さまで落ちていった。私のことを私以上に大切にしてくれないようなこの人と幸せになろうとすることが愚かだったと、いい意味で吹っ切れた気がした。

「出張で、そっち行くことになったから会う時間を取ってほしい」と彼女に言われたのは、今年も前半が終わろうとしていた頃だった。なんとなく、言われることは分かっていて、「多分、終わるんだな」と察しはついていた。呼び出されたいつものカフェには、すっかり伸びた髪を束ねて、前とは違う色のカラコンを入れた彼女が待っていた。「元気だった?」なんて、他愛のない会話もきっともう最後で、今日のこの話が終わったらきっと、僕らはただの他人になる。
「彼女の誕生日すら、興味がないんだね。」と言いにくそうに彼女が言ったと同時に、はっとする。そんなことすら大切にできなかったんだな、と自分に失望する。涙をこらえた鼻声で「私と別れて下さい。」言いながら彼女が差し出したのは着払の宅急便の伝票だった。僕に何か文句を言うでもなく、怒るでもなく、淡々と話だけが進んでいく。僕は何も言えなくて、やっぱり終わるんだなとだけぼんやり思った。何も言わない僕に呆れているのかすっかり仕事モードに戻りつつある彼女が「申し訳ないけど、荷物送ってください。色々置かせてもらっててごめんね。この後、本社によって仕事があるから取りに行けないくて。」と着払の伝票について補足してくれた。「なにあったっけ?」と僕がとぼけて聞き返すと、あのTシャツと、これとあれと…と色々挙げてくれたけれど、「あと入れ終わったところでLINEくれる?」とぴしゃりと打ち切られてしまった。彼女はすっかり仕事モードに戻っていて、切り替えの早さに驚いて、「あ。うん、わかった。」としか言えなかった。

最後まで、泣かないと決めていた。お会計を済まして、外へ出るとまだお昼かと思うような夕方で、今年も夏が来るなとぼんやり思っているうちに視界が揺らいだ。こんないい天気なのに、「雨降るんだったっけ。」と一人で思っていたけれど、雨が降っていたのは私だけで、世間はせわしなく動き続けていた。本社によって仕事があるなんてはったりだった。冷静さを保つための、最後の嘘だ。最後まで彼は、何も気づいてくれてなかったなぁとぼんやり考えながら、駅のロッカーから預けていた大きなキャリーケースを引き取り、構内のコンビニでビールとミックスナッツを買って実家へと向かう特急に乗りこむ。

「じゃあ、私行くね。お世話になりました。」と2人分の伝票をもって彼女は立ち上がっ
た。「僕の分いいよ、」と言いかけてやめた。これはきっと彼女なりの優しさだ。気まずくなるくらいなら、という計らいだ。最後くらい、僕がかっこつけたかったけれど。氷が溶けてすっかり水っぽくなったアイスカフェラテを横目に彼女は去っていった。振り返るでも、手を振るでもなく。今更、ちょっとだけ寂しい気がしたけれど、見ないふりをして残ったカフェラテを飲みほした。外へ出るとジメっとした空気と、夏の始まりを告げる明るい夕暮れに僕はとぼとぼ歩きだした。彼女と出会った時は、高校生だったなあとぼんやり振り返る。特段目立つグループにいたわけではなかったけれど、彼女は僕のことを慕ってくれていた。すごく覚えているのは僕の卒業式の時、すごく勇気を振り絞った彼女が「一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」と聞いてきたこと。他の後輩たちは同じ部活のイケメンの所で写真待ちをしていたのに、彼女だけは一番に僕のところに来たっけな。結局僕らは、高校生の時に付き合うことはなかったけれど、でもそのくらいの頃からそういう関係だった。この8年間、僕は一体彼女の何を見てきたんだろう。どれだけ気付いてこられたんだろう。もう戻ることのない時間に後悔の念を抱きながら、今年の夏が始まるようだった。

 特急の中はとても空いていて、自粛解除されたばっかりだからかぁと思いながら2本目のビールに手を伸ばす。いい終わり方ができたか自信はないなとか、もっと話せばよかったかなとか、諸々後悔の念が湧いてくる。悲しいという気持ちに驚いたけれど、私は悲しかったんだな。ちょっとだけ自分の気持ちが見えて安心した。仕事もプライベートも追い込まれていてよくわからないまま今年も半分終わろうとしている。考えなければならないことはたくさんあるけれど、こんな時間に泣きながらビールを飲んで特急に乗っている状況が冷静にみたら可笑しいよなと笑えてきた。「なんだ、私笑えるじゃない。よかった。」25歳の夏、私はここから始まる。

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