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『偏好演芸日記』#2 令和6年1月篇

番外編、第2弾。

本編は堂々の放置プレーで番外編を進めるという奇行。
そのうちこちらが背骨になりそうな感じがしますね。

***

年末年始は演芸が華。

お着物で目を潤し、お三味線で耳を癒し、鮮やかな日本の話芸で初笑い。

ということで、令和6年1月篇です。


2024.01.05
神田伯山新春連続読み『畔倉重四郎』⓪
於 イイノホール

「海賊退治」梅之丞
「出世浄瑠璃」伯山
「名人小団次」伯山
ーお仲入りー
「鍔屋宗伴」伯山
「荒川十太夫」伯山

年始一発目は伯山先生の連続読み。

自分を含めた500人のお客さんが、この日から5日間イイノホールに通います。

初日は前夜祭という位置付けで、本編とは概ね関係ない端物を数席読んでくださいます。前夜祭とは言うものの本祭ばりのボリューム。

個人的には「鍔屋宗伴(つばやそうはん)」が気に入ったので特筆したい。
あらすじはざっくり以下。


主人公は、浅野内匠頭の元家来・服部右内。元来かなりの目利きだった彼だが色々あって侍を辞め、鍔屋宗伴と名を変え江戸に来て道具屋を始める。後に、かの有名な殿中松の廊下での刃傷事件が起きることで物語は展開し、元々浅野側である宗伴は道具屋という立場で討ち入りに協力しようと奔走する。


シリアス展開かと思いきや結構コメディ…と個人的な印象。特に、刃傷事件から時が経った後、宗伴が蕎麦屋に入る場面。ふと気づけば店主が赤穂浪士、蕎麦を茹でているのも赤穂浪士、出前の注文を取っているのも赤穂浪士という、とにかく赤穂浪士まみれの町の描写がウケる。
そして、もう侍を辞めた宗伴が、なんとか自分の出来ることはないか探ってゆく姿もアツい。

語彙が無いので、ウケるとかアツいとかいう令和っぽい表現に甘んじています。

宗伴はもう侍ではないが、そこには武士道を強く感じる、義士らしい話。好きでした。

大団円の「荒川十太夫」はApple Musicの『松之丞 講談 -シブラク名演集-』で聴いた経験値だけだったので、静まり返った広いホールで集中して聴くとまた特段に沁みます。
音源だけでも心動かされるので、まだ履修していない方がいたら是非聴いてみてください。

冬の義士は良いですね…これが前夜祭とは信じ難い。


2024.01.06
神田伯山 新春連続読み『畔倉重四郎』①
於 イイノホール

「悪事の馴れ初め」伯山
「穀屋平兵衛殺害の事」伯山
ーお仲入りー
「城富嘆訴」伯山
「越前の首」伯山

いよいよ畔倉スタート。
伯山先生のYouTubeに過去の『畔倉重四郎』が載っているが、敢えて勉強せずに初見で楽しむ。

1席目「悪事の馴れ初め」が、かなりの長尺で読まれる。

次の2席目が「穀屋平兵衛殺害の事」だが、1席目でおなみが結婚し、平兵衛が殺される寸前まで駆け抜けた。
伯山先生曰く「(物語を)進め過ぎたけど、これはこれで好き」(意訳)との事。

帰宅後、YouTubeにアップされている過去の畔倉1席目を見て違いを楽しむ。


2024.01.07
神田伯山 新春連続読み『畔倉重四郎』②
於 イイノホール

「金兵衛殺し」伯山
「栗橋の焼き場殺し」伯山
ーお仲入りー
「大黒屋婿入り」伯山
「三五郎の再会」伯山

殺しまくりの3日目(畔倉自体は2日目)。
この日で概ね重四郎の人柄が掴めます。

物語からは少し逸れるんですが、「大黒屋婿入り」の演出が大変好みだったので書かせてください。

「大黒屋婿入り」は、たまたま同じ宿に宿泊した重四郎と、未亡人のおときが、重四郎の目論見通り男女の仲になってしまう重要な場面。酒の席でやったり取ったりしているうちに、手が触れて…と。いつしか艶やかな空気に。色気のある伯山先生の一挙一動に惹き込まれる観客。

と、おもむろにマイクに顔を寄せ、

ふっ

息を吹き掛けると行燈の火が消える、という。



何この演出!!!!
良いわぁ…。


2024.01.08
神田伯山 新春連続読み『畔倉重四郎』③
於 イイノホール

「三五郎殺し」伯山
「おふみの告白」伯山
ーお仲入りー
「城富奉行所乗り込み」伯山
「重四郎召し捕り」伯山

畔倉3日目。
演目は開示されているので、重四郎もついに捕まるのかぁ、あの悪事っぷりに楽しませてもらっているのでちょっと残念ですなぁ、と思いつつイイノホールへ。

この日の1席目の演目名にある“三五郎”は重四郎の悪友。
一緒にこの連続読みに参加している知人と、帰り道に「ねぇねぇ、友達がサンゴ郎なら、主人公はジュウシ郎じゃなくてジュウゴ郎の方が良くない?」という話をしたことがあった。

その名前がまさかのギミックになっているという個人的なオモシロ展開。物語が加速していくのが心地良いです。


2024.01.09
神田伯山 新春連続読み『畔倉重四郎』④
於 イイノホール

「越の海」若之丞
「民主主義」伯山(漫談)
「おふみ重四郎白洲の対決」伯山
「白石の働き」伯山
ーお仲入りー
「奇妙院登場」伯山

畔倉本編が3席しかないということで、長めのマクラから。

これまでにあった愉快な弟子志願者のエピソードと、伯山先生の師である神田松鯉先生の門下に新たに弟子入りした高校生の名付けエピソードに腹を抱えて笑う。
通常はまくらを振ったらそのまま話(噺)に入りますが、あまりにも“各種弟子エピ”が盛り上がってしまった為「このまま畔倉はできない」(意訳)と、一旦高座を下りる伯山先生。
ひょんなことから6代目神田伯山の漫談を聴けて得した気分になる。

ダレ場と言っていたものの、「白石の働き」の“白石”が魅力的なキャラクターで惹き込まれる。白石は大岡越前守サイドの人間。
若干ミステリ仕掛けの講談が、伯山先生の芝居とりわけ声色の高低差で、鮮やかにトリックが暴かれる。

薄めにミステリな味付けなので、初見だからこその驚きも。
これからこの話を聴ける人が羨ましいです。


2024.01.10
神田伯山 新春連続読み『畔倉重四郎』⑤
於 イイノホール

「奇妙院の悪事・上」伯山
「奇妙院の悪事・下」伯山
ーお仲入りー
「牢屋敷炎上」伯山
「重四郎服罪」伯山

畔倉最終日にして、昨日登場した奇妙院という男が上下2席に渡って自分語りをするという突然のスピンオフ展開。
お客さんの中には「ここ要らないのでは」とアンケートで書く方もいるそうで。

ちなみに奇妙院は重四郎と同じく投獄されている罪人で、重四郎にそそのかされて大変な目に遭います。重四郎は罪人さえも利用する、最期まで生粋の悪人だったと言えるかもしれません。

フィナーレに向かってゆく「牢屋敷炎上」では、芝居が白熱した伯山先生が張り扇を高座下に落とすというアクシデントが発生。テンポが速く駆け抜けてゆく話の中で、そんな演出さえもリアルな緊張感を与えてくれる。講釈を聴きながらハラハラ、ドキドキしていると、江戸時代の民衆もこうやって聴いていたのかと思いを馳せる。

長く続いた「畔倉重四郎」だが、意外と終わりはあっけない。
その儚さに諸行無常を感じる。

伯山先生と、自分を含めた500人のお客さんとで三本締め。明日からはもうこの時間に伯山先生の出囃子『勧進帳 滝流し』が聴けないんだ、と思うと寂しいなぁ。

釈台の前で、講談師がひとりで物語を読む。
こんなにシンプルで最小限な芸に、こんなに心揺さぶられるとは。

また来年!


2024.01.19
【寄席】正月二之席(夜の部)
於 鈴本演芸場

「出来心」小きち【前座】
「唖の釣り」朝之助
ダーク広和(奇術)
「子ほめ」扇遊
「スナックヒヤシンス」きく麿
風藤松原(漫才)
「あくび指南」文菊
「粗忽の釘」馬石
ーお仲入りー
のだゆき(音楽)
「短命」圓太郎
林家楽一(紙切り)
「純情日記横浜篇」喬太郎

落語を聴く耳がだんだん育ってきたのか、ネタをメモできるようになってきました(とは言え、間違っているところがあったらご指摘を頂けると幸いです…)。

さて、“柳家喬太郎”という落語家に惚れ、あっという間に心酔し、前のめりで追っかけ始めたのはちょうど年始のこと。

まずはその話を少し。

Apple Musicに【落語ステーション】というチャンネルがある。
様々な師匠の落語音源をランダムで流してくれて、なんとなく作業中に聴き流すときでも、意識的に落語を聴こうというときでも、どんなときでも聴ける有り難いコンテンツ。


ここでたまたま流れてきた喬太郎師匠の『まんじゅう怖い』にひと耳惚れした。

何か作業をしながら聴いていた気がするが、気づけば手の神経が抜かれたかのようにフリーズしていた。

今になって思えば、それまで“柳家喬太郎”という名前を知らなかったほうが珍しいくらい。大変に著名で大人気の落語家さんなので、手の神経が抜かれるのも無理ないんですが。

そして喬太郎師匠が10日間トリを取っている正月の興行がちょうど最中であることを知り、しんがり際の駆け込みに成功したのがこの日。

ひよって最前列には座れず、鈴本演芸場の前から2列目で初めて喬太郎師匠の高座を拝見した。

生音の『まかしょ』(喬太郎師匠の出囃子)で心が踊り始め、割れんばかりの拍手が響く。
登場したその姿には手の舞い足の踏むところを知らず、血湧き肉躍るとはこの事!

音源を聴いて馴染んでいた声も、目の前でリアルタイムに変化する表情と共に摂取するとその威力は絶大で、幸せなダメージを受ける。師匠の一挙一動に揺れる会場。ウルトラマンの話題に笑みを浮かべる師匠。一生この時間が続けばいいのになぁ、と心の隅で願わずにはいられない。師匠の芝居に魅せられ、登場人物の言葉ひとつひとつに一喜一憂し悩みの全てを忘れ去って笑い転げる。この時間を真空パックして明日また解凍して味わえたらどんなにいいか!せめてこの気持ちだけでも文字に残したい!しかしながら語彙が足りねえ!



いいですか。

お察しの通り、このエッセイは今後こんな感じの熱量で続いていきます。

ご注意ください。


2024.01.20
【寄席】正月二之席
於 鈴本演芸場

「まんじゅうこわい」二之吉【前座】
「人の恩返し」花ごめ
のだゆき(音楽)
「初天神」扇遊
「湯屋番」文菊
「あるあるデイホーム」きく麿
米粒写経(漫才)
「夢の酒」馬石
ーお仲入りー
ダーク広和(奇術)
「浮世床(変な軍記)」圓太郎
林家楽一(紙切り)
「銭湯の節」喬太郎

手を伸ばせば届く範囲…というより、足を伸ばせば行ける範囲で喬太郎師匠が落語を演ると知っていて誰が家になんていられるかってんだ!

昨日の勢いで再び鈴本演芸場へ。

昨日は喬太郎師匠についてブワーッと書き連ねたので、他にも書きたかった色々を下記に。

まず、まくらで「気取っている」「いやらしい」と自嘲し笑いを誘った古今亭文菊師匠の芝居がメチャクチャ面白い。どっかんどっかん爆発的に弾ける面白さというよりは、じわじわと確かに染み渡り病みつきになる面白さ。

“本寸法”が何か解るほど落語に明るい訳ではないので恐縮だが、綿密に作り上げられた文菊師匠の“ザ・落語”には乱れることのない映像作品のような感覚を覚えた。聴き取りやすく、観やすい。初心者でも頭にスッと景色を描けるのが気持ち良い。

文菊師匠については下記のインタビューで人となりを知りました。

そして、昨日の「スナックヒヤシンス」の破壊力には腹を抱えて笑った林家きく麿師匠は今日も今日とて爆発していた。表情、声色、全身で面白い。“いつでも笑わせてくれる”という大切な一点において落語家も漏れず“芸人”であることを再確認する。
世の中にはこんな落語もあるんだなぁ、と新たな扉を開いた気分。

トリの喬太郎師匠は言わずもがな至高。
紅白歌合戦に関するまくらで歌い、噺で唸り、客席を揺らし、最高に賑やかな大団円。サゲの一言は、張ることのない穏やかで優しい一言だったのに、どんな場面よりも確かに温度があって真っ直ぐ届いた。温かくて優しいサゲが沁みる。

手のひらが痛くなるまで拍手を送った。
2024年、間違いなく良い年になりますな。

***

実はこれを書いているのは4月頭なので、かれこれ3ヶ月くらい前の話になる。自分でつけた当時の演芸メモをひっくり返し、記憶の引き出しを引っ掻き回し、そうこうしているうちに思い出し、悦に入ることもしばしば。

とりあえず、お陰様で今のところ2024年は良い年ってことで来てます。


てな感じで、また次回。

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