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最近ようやくアウトプットをしようと観念しました 〜とりあえず続ける〜

こんにちは、on0973です。


アウトプットってとても大事だなとひしひしと感じます。
(今日からまた毎日note再開・・・!)
やっぱり下手だろうがなんだろうが、どんな形でもいいから自分を出してみるのって大事なんだと思います。
まぁとはいえ、出した後の自分の凡才っぷりに落ち込んだりするんですけどね。


自己愛の強さ故にアウトプットが嫌いになった

アウトプットをすると自分の才能をマジマジと見せつけられます。
なんと才能のないこと。
文章も、写真も、イラストも(ちなみに自慢ではありませんが、イラストはいわゆる画伯級です)。やってみて初めて分かるんです。これはこれは程度がそこまで高くないぞ、と。
このアウトプットをしてみることで自分の才能のなさに気づいてしまうことがなんとなしに嫌でした。だからアウトプットをすることがすごく嫌になりました。
どれもこれも続けていくことで磨かれたのかもしれませんが、そこまでの情熱もなかったですし、それだったら違うことに時間を費やそうとしました。


SNSは見るもの、にした

ですから、SNSは見るものにしていました。
インプットしてるだけって、いいんですよね。何かの情報を得ているのは確かですし、それにジャンルは無限、投稿数も無限とあるので毎日何時間も見たとしても底が尽きません。
その場では、知らなかったことを知れてよかった!とか、有益な情報を得たぞ!とか、共感した!とか感情的な部分に訴えてくれるのでなんか満足します。
他人の投稿をまるごと吸収した気になって、満足してたんですよね。
それで良いやと思ってました。


インプットばかりしてきた人生は、どうだった?

インプットはとても楽しいです。
インプットする前と後では別人になった気分になることだってあります。

でも、アウトプットしてこそインプットが活きてくることもあります。
やってみなくちゃ分からない、といった類の言葉が世の中にはありますが本当だなと実感します。本当にやりたくないこと以外はちょっとでもいいからとりあえずやってみる。

わたしはあらゆるアウトプットから逃れてきたタイプの人間だという自負があります。ですので、アウトプット恐怖症みたいなところがあるんですが、結局社会や他者と繋がるためにはアウトプットが必要なんだ、やっていくしかないんだなとついに諦めました。
まずは話すよりは書くほうが自分には向いてそうだなと感じたので、noteを始めた次第です。


noteを書くのはアウトプットすることに慣れるため

アウトプット恐怖症のわたしがどれだけできるか、自分でも分かりませんがとにかくやっていこうと思います。
プログラミングを先月頭から始めてそちらに集中してしまったあまりにnoteを途中で離脱してしまいましたが、また今日から始めていこうと思います。



<今日の一言>
プログラミング の勉強をしている中で、大分ブラインドタッチが上達しました。いまだにRとTをよく打ち間違えますが、継続してタイピングもやっていこうと思います。

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