見出し画像

「足立市場」取材のせいとん②


「足立市場」取材のせいとん①のつづき

せいせいとした青空を何度仰いでも、吹き抜けていく風を何度吸い込んでみてもドッドッドッド…の心拍は落ち着く事なく、気がつけば【8:15】だ。15分もまごまごとしてしまっている事実にお尻を叩かれて、慌てて1つの食堂の前に立ち、中の様子を伺う。忙しそうだったら、後にしよう。頃合いを見計らわなくては。

カラカラ…

お客さんが1組いる食堂の引き戸を開ける。
ありきたりな表現だけれども、昭和〜な店内の佇まいが差し込む朝日と混じって、空気感というか「とても澄んでる」と感じた。

調理場からおっとりとした印象の男性が「いらっしゃいませ。どうぞ、」と席を進めながら挨拶をしてくれた。ネットで下調べはしていたので、内心でこの方がご店主さんだ、と確認する。

「あの…マグロのサイコロかつ定食と、だし巻きたまごをお願いします」

(は?)

自分で自分を二度見した。
口が勝手にオーダーをしていた。

いずれかの食堂で、ご飯を頂こうとは思っていたけれど、まさか1軒目で?「うせやん」と己にツッコミ、カクカクとした動作でリュックをおろし、入り口すぐのテーブルに着席した。「ご飯は大盛りにしますか?…はい。少々お待ちください」とご店主はやさしく声をかけてくれ、そのまま調理にとりかかる。

「…….。」

ぽつん、と一人で、テーブルの上の箸立てを見つめる。

設置されたラジオからは、地方の珍しい苗字について、明るい男性の声がテンポよく流れている。

手ぐみでポットから温かいほうじ茶を淹れて、おばあちゃんみたいにすする。
正門前でカチコチになっていたのが嘘のように、お店の澄んだ空気感に溶け込んでしまった感があった。なんで第一声で注文したんだろ…。


目線だけキョロキョロさせて店内を見渡す。
なんか今の私、ちょっと「孤独のグルメ」っぽい…。



生パン粉をまぶして揚げられた「マグロのサイコロかつ」はサクサクはもちろん、マグロがホロホロでとても美味しい。臭みも一切なく、ソースでも、醤油でも、塩とわさびでも全部美味しい。

じゅわりと出汁が溢れる「だし巻きたまご」
コレを口に含んだまま、お布団に入りたい…とうっとりする。

ツヤツヤでほかほかな白米がなんともやさしい。

食事を乗せた器が全部瀬戸物風なのも、昭和の食堂感があって素敵だ。

正門前でカチコチになっていたさっきの自分が嘘なのか、あたたかいご飯をモリモリ食べてる今の自分が嘘なのか、分からなくなった。

黙々と定食を食べ終えポツリと「しあわせ…」とつぶやき、やっと我に帰る。
仕事仕事!!!
混み始める前に、企画のお話をしないと…!



食事をしている途中で、おかみさん的な女性がエプロン姿で加わっていた。
並べた小鉢にお漬物を盛り付けている。

お手隙では無いけれど、お話するなら、今、だ。


お会計をお願いし、支払いを終えたところで、このおかみさんに「お忙しいところすみません…」と名乗り、名刺を渡し、超簡単な企画説明と取材依頼をしてみる。

ていねいに、ていねいに。と心の中の自分がささやく。

おかみさんはフンフン、とお話を聞いてくれ、調理場のご店主さんを振り返り、雑誌の取材依頼ですよーと声をかけてくれた。

ペコリ、とご店主へ頭を下げて、企画書を渡し、取材のご協力をいただけませんか…と添えてみる。何だか安らかに、ドキドキしていた。

企画書をサラサラと読んだご店主と目が合う。

「はい。ぜひお願いします。」

先ほどいただいた「マグロのサイコロかつ」みたいに、
ほろっと笑いながら快諾してくれた。

「あああああ…ありがとうございます!」

90度でお辞儀をしていた。
その場で早速ですが…と、日程の候補だけお伝えし、ではこの日で、と決まる。

他にもお客さんが入店してきたので、ご店主のお名前とメールアドレスを頂き、詳細はメールいたします!と言って、切り上げる。

「ごちそうさまでした…どうぞよろしくお願いします!」
「し、失礼します!」

とご挨拶を残して、カラカラと食堂から出る。

ドキドキしていた。



よ、よかった…。
と心の中で小さくガッツポーズをとる。

わ、私、さすがに十数年と接客業をしていただけはあった。

対、人。となった瞬間にカチリとお仕事モードのスイッチが入り、カチコチしていたのが「ゆめまぼろし」だったかのようにスラスラ…と、自身往年のやわらかモードで説明していた。式場の内見案内をしている時の自分だった。なんかもう「オート」という感じだ。

よし、行ったれ!!!
と、満腹であることも手伝ってか俄然強気になる。
そうそう、私「段取り八分」と「行き当たりバッチリ」を信条として仕事してたじゃん。とようやく思い出す。

内弁慶というか、自分のこういうところが、本当につかれるのだが、強気がしぼまない内に、次の食堂の引き戸をカラカラと引いた。

というような調子で、他2件の食堂の取材を取り付ける。


やっと広い青空の下で、大きく呼吸ができた。


仕事を辞めて初めて、前職での経験がいかんなく活きた時間であった。
それなりに、だけれど頑張って働いていた過去の私にも頭を下げる、そんな不思議な想いでいっぱいだった。


③へつづく


-20230103-





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?