星をみた夜/【ピリカさん:曲からチャレンジ企画参加】
「じゃ先に寝ますんで。なんかあったら起こしてください」
夜10時。俺はテントから顔だけ出して言った。
「はい。でも昼間寝たんで大丈夫です」
少女はそういうと、望遠鏡とカメラをいじり始めた。きょうがペルセウス座流星群、とやらのピークらしい。町はずれの採石場を闇が覆っている。ちなみに彼女と俺は初対面。4時間前に顔を合わせたばかりだ。
☆☆☆☆☆☆☆
「だからさ、お前にしか頼めないんだってー」
そういって副部長の中村が縋り付いてくる。
「なんで俺がお前のいとこと一夜を明かさなきゃならないんだよ」
「一夜って。森田は普通に寝袋で寝てていいんだよ。アイツが勝手に夜通し起きてる、ってだけのことだからさ」
1学期最終日のワンダーフォーゲル部の部室。俺たちは夏休みに予定している1週間の縦走登山に備えて、装備品の確認をしていた。ボチボチ帰ろうかというときに中村が無理筋の頼みごとをしてきたのだ。なんでも、他の高校の同学年だという中村のいとこ(女)の天体観測に一晩付き合えというのだ。
「俺はその日、2組の高橋とお祭りデートなんだよ。1年には頼めないんだからお前しかいないんだって」
「いやいや、知らん女子のお守りは無理だよ」
「タダでとはいわん!」
中村は両腕で俺の両肩をがっちり掴むと、正対してこう言った。
「9月のBUMPのチケット譲るから!」
☆☆☆☆☆☆☆
一ノ瀬香苗は小柄なメガネの少女だった。地学部という部活の部長だというが、よく聞くと彼女以外は全員、幽霊部員とのこと。星が好きで、将来は星の研究をしたいとかなりガチで考えているらしい。これがこの4時間で俺が知りえた彼女の情報のすべてだ。
街中では明るすぎてあまり観測ができないため、きょうこの日にかける意気込みは強いらしく、俺が用意した夕飯を済ますとすぐに望遠鏡の準備に取り掛かっていた。だが、あいにくの曇り空で状況は芳しくない。
そう思っていたらタン、タン、とフライシートを打つ音がし始めた。雨だ。さすがにこれは、と思って寝袋からでると声がした。
「すみません、ちょっと手伝ってもらえますか!」
雨は少しずつ強くなりはじめ、彼女はバタバタと機材を片付け始めていた。
「とりあえず全部テントに!」
俺は言うと、手近なものからテントに中に放り込み始めた。そして5分後、テントはバケツをひっくり返したような激しい雨に打たれていた。
「いやあ、参りましたね」
「・・・はい」
「きょうはちょっと難しいかな。またのチャンスを狙うしかないですね」
「きょうしかないんです!」
予想外の強い口調にハッとさせられた。見ると涙目である。
「フォトコンテストに間に合わせられるタイミングが、今日しかないんです。私、天体写真家になるのが夢なんです。だから、チャンスはひとつたりとも逃したくないんです」
大粒の涙が彼女の瞳からこぼれ始めた。そうはいってもこの雨じゃ、とは言えず、俺はいたたまれなくなり、水筒の麦茶をコップに注いで彼女に差し出した。
「と、とにかく落ち着いて。まだ時間はある。この雨はただの通り雨かもしれない」
彼女はコクリと頷くと、コップに口をつけた。
「・・・流星、流れ星ってさ、アレ何なの?ガチで星なの?」
雨は少し小降りになりつつあるようだが、まだやまない。彼女を落ち着かせようと俺はやみくもに話し始めた。
「砂粒です」
「砂?流れ星が?」
「はい。彗星からまき散らされた砂粒が地球の大気に衝突して光る。それが流れ星です」
彼女はうつむきながら続けた。
「夢のカケラが燃え尽きて、最後に放つ光。それが流れ星の正体なんです」
「なんかロマンチックだね」
「受け売りです」
そのまま互いに途絶え途絶えでやり取りを続けていると、ふいに雨音がすーっと消えていった。
「お、今いけんじゃね?チャンス!」
「はい!」
時計をみると、時刻は午前2時。彼女は外に出ると慌てて機材のセッティングをして、撮影に移り始めた。なんでも、ISO感度がどうとか露出がなんとかとか、テントで説明は聞いたが俺にはさっぱりわからず、黙ってみているしかできなかった。
その後、彼女は写真を撮り続け、俺は日が昇る直前まで、テント前に敷いたレジャーシートに横たわりながら天空を眺めていた。
☆☆☆☆☆☆☆
2か月後。
俺は中村にもらったチケットを握りしめ、「BUMP OF CHICKEN」のコンサート会場にやってきた。自分の席にたどり着くと、その隣にはすでに一ノ瀬香苗が着席していた。
「やっぱり」と俺が言うと
「ですよね」と彼女が言った。
そして俺は、きょうのセットリストのことを考えた。あの曲とあの曲が入っていたらいいな。たしか彼女もそんな顔をしていた、と思う。
バンプオブチキン:「流れ星の正体」(「天体観測」も入ってますけどね)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?