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日本一美しい童貞ソングが決定しました

音楽のカテゴライズの視点は様々だが、例えば「ロック」「ジャズ」のようなジャンルによる分類もあれば、「ラブソング」「卒業ソング」のようなテーマによる分類もある。そしてこの度、この数多あるテーマの中に、「童貞ソング」という分類が誕生した。
いや、ちゃんと探せば他にも童貞ソングに該当する楽曲はあるのだろうし、童貞ソングはラブソングのサブカテゴリー感もあるのだが、それでも私はこの楽曲の凝縮された童貞性を見逃すわけにはいかないと思った。
それがRADWIMPS「そっけない」である。

この楽曲はRADWIMPSの9枚目のアルバム「ANTI ANTI GENERATION」に収録されている。本アルバムは「君の名は。」で劇伴曲を制作したことにより、使用されている楽器が大幅に増え、この「そっけない」でもピアノ・ギター・ベース・ドラムのバランスが絶妙である。しかし今回はそれ以上に、この曲がいかに童貞ソングたるかを以下の5点のポイントから分析していきたい。

1. 歌詞

正直歌詞については語り始めるときりがないので、取り敢えず1番のみ取り扱うこととしたい。
まずはAメロ冒頭。

届きそうで 届かなそうな
ありえそうで ありえなそうな
君の仕草の一部始終 脳で解析 フルスピードで
試されてたりするのかな それなら臨むとこだけど
遊ぶだけの 相手ほしさならば どうぞ他をあたってよ

まず何と言っても、いきなり翻弄されまくっているのが印象的である。自分に相手をものにできる可能性があるのかどうか、考えながら視線は完全に相手に釘付けになっている。
そして遊ぶだけの相手ほしさならば他をあたってよ、という「伏線」は本当に切ない。
続いてBメロ。

君の分厚い恋の履歴に残ることに
興味なんかないよ 君のたった一人に なる以外には

あまりにも眩しすぎて目がやられそうである。「俺」にとって相手はオンリーワンで、相手が百戦錬磨なのをわかっていても、他の奴等とは一緒にされたくない。それなのに相手の態度は、サビで明らかになる。

なんでそんなに
素っ気ないのさ そっぽ向いてさ 君の方から誘ったくせに
俺じゃないなら早く言ってよ そんなに暇じゃないんだ
ちょっとひどいんじゃない あんまりじゃない
恋がなんだかもうわからないんだ
君が教科書になってくれるかい
「いいよ」って 君が言うなら 暇はいくらでもあるから

きっと「俺」にとってはこんなに心を掻き乱される経験が今までなかったのだろう。だから恋愛ハイスクールのピカピカ1年生として、君に教科書になってくれないかとお願いするわけである。
しかも最初は「そんなに暇じゃないんだ」と言っているのにもかかわらず、最後に「暇はいくらでもあるから」と華麗な掌返しを決めているのが凄い。結局「暇」というのは自分が割きたい時間のことであって、このあともとことん「俺」の主観で曲が進んでいくのである。

2. コード進行

歌詞だけでも童貞感満載なのだが、RADWIMPSのとんでもないところは、音楽理論的にも童貞を潜ませているところである。

まず「これはやられた」と思ったのが、この曲は基本的にハ長調、CMajorスケール上で作られている。ピアノでいえば白鍵しか使用しない音階で、童謡等に使われていることも多く耳馴染みも深いと思う。逆に言うと、ややもすれば幼稚に聴こえてしまいがちなキー設定なのだが、凄いのはこのイントロのコード進行である。

C  G#dim Am F#m7-5

これだけでは何を言いたいのかがわからない方もいると思う。では、この曲をいわゆる「カノン進行」で演奏するとどうなるかを以下に書いてみる。

C G Am Em

異なっているのは2つ目と4つ目のコードだが、この2箇所はとても不安定に聴こえないだろうか。それもそのはず、これらG#ディミニッシュとF#ハーフディミニッシュにはそれぞれソ#、ファ#と黒鍵上の音が使用されているうえ、ソ#とレ、ファ#とドは聴く人を不安にさせる「減五度」の関係になっているのである。不安定と安定を繰り返すコード進行は、まさにAメロ冒頭の「届きそうで 届かなそうな」をコード進行に落とし込んだ絶妙な表現と言えるだろう。

ちなみにBメロでは一旦長二度下に転調してから再び長二度上に戻ってくる、という少し変わった転調をしているが、きりがないのでここは割愛させていただく。

3. タイム感

この曲のもう一つの特徴は、譜割りが全く均等でないことである。普通、楽譜上に八分音符で書いてあれば、その曲のテンポにおける八分音符分の長さ(音価)で歌うことになるが、この曲ではそれぞれの音価がかなり異なり、ところどころ早くなったり遅くなったりしているように聴こえると思う。
2拍目、4拍目を少しモタらせるのはJ-POPの特徴で、それによりいわゆる「エモさ」が表現されることもあるが、その視点でいえばこの曲は最大限にエモく、これだけタイム感が絶妙な曲は、浅学な私の知識の範疇では、山下達郎の「ずっと一緒さ」くらいしか思い浮かばない。

この不安定なリズムも、恋がなんだかもうわからない童貞の心をあまりにも美しく描き出していると思う。

4. タイトル

RADWIMPSをあまりご存じない方にとっては、タイトル「そっけない」がサビの冒頭に出てくるというのは至極自然なことと思うに違いない。大抵の場合、タイトルは歌詞を究極に要約したものであるからだ。
しかしRADWIMPSの場合、タイトルが歌詞の中に現れることすらほとんどない。例えば、本アルバム「ANTI ANTI GENERATION」におけるタイトルと歌詞における関係性をまとめると、以下の通りになる。

タイトルがサビに現れる…5曲
タイトルがサビ以外に現れる…0曲
タイトルが歌詞に現れない…10曲

おそらくこれでもサビがタイトルになっている曲は増えたほうで、かつてはそれに該当する曲が1曲しかないようなアルバムもあった(アルトコロニーの定理では「叫べ」のみ)。
それほど、サビをタイトルにするということはRADWIMPSにとって意図的に楽曲を「安易にする」行為であり、この安易さが童貞感を際立たせていると解釈してもよいのではないだろうか。

5. MV

これまで聴覚的に醸成してきた世界観を、視覚的に補足してくれるのが以下に再掲するMVである。

一つの部屋の中で雑魚寝する大学生たち、おつまみの食べ残しで散らかったテーブル、床に溢れたままのお酒と思しき液体。明らかに宅飲み終わりの部屋に、朝の光が僅かに差し込む。この時点であまりのリアリティに胸が押し潰されそうになるが、ひとまずここは我慢しよう。
1番Aメロに入り、「俺」は傍の女性と脚が重なり、手の甲が触れ合っているのに気付く。そこから2番Bメロまでたっぷり時間をかけて、「俺」は探るように距離を詰めていき…

アラームが鳴る。

しかしその後、誰かがアラームを止め、不思議なことに誰も起き出すことなく、再び静寂が訪れるのだ。そのあとの間奏は筆舌に尽くし難いのでMVをご覧ください。
実はアラームが鳴ったあと、少なくともメンバーの一人はうっすらと目が覚めている。しかし起き上がろうとしなかったのは、単に惰眠を貪るためだけだろうか。もしかしたら実はみんな、「俺」が想いを寄せる相手を知っていたのではないだろうか。この静寂は、ひょっとすると作られた静寂なのかもしれない。
そしてラスサビではこう歌われている。

だから今すぐ
こっち向いてよ こっちおいでよ
いい加減もう諦めなよ 一秒も無駄にはできない
You know our time is running out baby

もっと近くでもっと側で
この視界からはみ出るくらいに
君だけで僕を満たしたいの
「いいよ」って 君が言うまで
君と今日は キスをするまで
ここから動かないから

歌詞とは裏腹に、ラスサビに入った瞬間、片想いの女性はおもむろに立ち上がり、何事もなかったかのように部屋から出ていく。呆気に取られる「俺」。「俺」の中では完全に想いが燃え上がってしまったのに、それに冷や水を浴びせるように、our time has run outしてしまった。
きっと「俺」の心の中に、この朝の出来事はずっと残り続けるのだろう。でも悲しいかな、その女性の中では、恋の履歴にすら残らないのだろう。書き残されていたとしてもせいぜい注釈程度かと思うと、あまりにも切ない。
あとは片想いの相手、小松菜奈の「掴めない女」感には圧倒させられるが、この辺りで語るのはやめておこう。

以上、歌詞だけでなく音楽理論やリズム的にも童貞感が凝縮されている「そっけない」だが、この曲の右に出る童貞ソングは、果たして今後現れるのだろうか。意外と難しいテーマなだけにブルーオーシャンではあるが…と盛り上がっているのは私だけだろうか。

なんでそんなにそっけないのさ。

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