結城一縷

ゆうきいちる

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最近の記事

【韮山】溶鉱炉の守り人

 私は「守る」という言葉が嫌いだ。これほど言うは易く行うは難いことはない。一生君を守るから、と言ってそれを成し遂げた人が果たしてどれほどいるかもわからなければ、災害から地域を守ろう、と打ち出した対策を自然の脅威はいとも簡単に呑み込んでいく。だからこそ私は、目の前にある4本の煉瓦造りの煙突が今もここにあることに、畏敬の念を覚える。その建造物の名を、韮山反射炉という。 *  19世紀は自由貿易の時代だった。欧米諸国は偏西風の季節になると、帆掛け船で風に乗り、アジアへとやって来

    • 【那須】おじさんは温泉でヒーローになる

       栃木県・那須湯本温泉の一角を占める「鹿の湯」。よもやここである「戦い」が行われていようとは、私は思いもしなかった。  この温泉はとにかくユニークである。浴場に入ると、まず足湯のような細長い湯船が待っている。しかしこれは浸かるためのものではない。「かぶり湯」と言って、ひしゃくで頭にそのお湯を被るのだ。郷に入っては郷に従え、私も隣の年配の方に倣って試してみたが、かなりお湯が熱い。それもそうだ、湯船の傍にある木の札に「かぶり湯 48℃」と書いてある。しかしこの温泉への入り方を見

      • 【八幡平】数年に一度しか咲かない花

         高山に咲く花は気高さを感じる。それは「高嶺の花」という慣用句の印象なのかもしれないが、実際に下界とは交わらず、そうかといって下界を蔑んでいるわけではなく、厳しい環境とわかっていながら選んだ場所で強かに生きるその姿は、貴ばれるべきものだと思う。  そんなふうに力説しておきながら、私が標高1,600m超の火山・八幡平を訪れたのは、高山の花々を愛おしむためではなかった。もともとは「八幡平ドラゴンアイ」を拝むためである。5月下旬から6月上旬にかけて、雪解けによって「鏡沼」という池が

        • 黄金の終焉

          動物園で幼稚園児の娘二人を一日中遊ばせたあとの帰り道、よく行く近所の日帰り温泉に寄った。ゴールデンウィーク中はやはり混雑していて、券売機の前には列ができていた。 自分たちの順番が来てお金を入れると、娘たちは幼児料金のボタンを押し、発券された小さなチケットを握り締める。券売機の隣にあるフロントカウンターは娘にとっては高い位置にあり、娘は少し背伸びをして、30歳くらいの男性スタッフにチケットを手渡そうとする。スタッフがありがとう、と言いながらチケットを受け取ると、娘たちは我が母に

        【韮山】溶鉱炉の守り人

          やさしくない

          あらすじ東京の夜景を望みながら、起業家の名取亘(なとりわたる)は宮城野青葉(みやぎのあおば)に結婚を前提とした交際を申し込む。青葉が喜んで受け入れたあと、二人は高揚感に浸る。 「…すみません宮城野さん。僕、言葉が出なくて。大袈裟かもしれないですけど、今の僕は、世界で一番幸せだなんて、本気で思ってるんです」 「そんなことないですよ。私も今、名取さんと同じように、世界で一番幸せですから」 しかし、名取亘の本当の姿は起業家ではなかった――。 本文意地悪に、優しさの才能はある。

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          博愛主義者は君を愛せない ~愛に関する一考察~

          あらすじ 大学入学の初日、人見千覚(ひとみちさと)は同じ大学に入学した幼馴染の植田愛(うえたあい)に運命の相手に出会ったことを告げられる。その相手・結賀(ゆいが)ジャクソンと新入生ガイダンスで再び出会い、三人とも同期であることが発覚する。 親愛の証として、ジャクソンは二人を秘密の場所に連れていく。そこはジャクソンと愛が出会った場所で、ジャクソンはここで運命の出会いをしたのだという。そしてジャクソンが想いの丈を打ち明けるが――。 これは、冗談にすら思えるような、大いなる愛の物

          博愛主義者は君を愛せない ~愛に関する一考察~

          【読む旅路👣】離島に行こう!

          「離島」と聞くと、青い空が広がり白い砂浜に囲まれたリゾート地を思い浮かべる方は多いのではないだろうか。飛行機から雲を見下ろしながら、はたまた船から海を眺めながら目的地に広がる非日常を想像すれば、自然と胸が躍るーー離島とはそんな存在でありがちである。 実は、(公財)日本離島センターによれば、日本では北海道・本州・四国・九州・沖縄本島を本土とし、それ以外の島々を離島とすることが多いという。つまり飛行機や船に乗らなくても、淡路島やしまなみ海道の島々など、自家用車で気軽に行ける島もた

          【読む旅路👣】離島に行こう!

          【読む食事🍽️】ラーメン・スタンド・バイ・ミー

          忘れられないラーメンがある。 中央線の武蔵境駅から徒歩5分ほどの場所に、そのラーメン屋はあった。店のドアを開けると、とんでもなく濃厚な豚骨の匂いがぶつかってくる。券売機で食券を買ってカウンターでしばらく待てば、ペーストに近い豚骨スープのラーメンが運ばれてくる。麺を啜ればガツンと来る豚の旨み、焼豚を頬張ればとろとろ。それが千円出してお釣りが来るリーズナブルさだった。 私は1年4か月にわたって日本一周をしたことがある。その過程で美味しいものをいろいろ頂いたが、懐に余裕のない旅人に

          【読む食事🍽️】ラーメン・スタンド・バイ・ミー

          【読む湯治♨️】虹色の温泉

          温泉は名探偵である。日常を生きる中で疲労困憊した身体をひとたび湯船に沈めれば、迷路のように入り組んだ思考に一閃の道筋が見え、実はもっとシンプルに生きていけばよいことに気づかされる。白い濁り湯を身に纏い、硫黄の香りで鼻腔を満たせば、そこはまさにユートピアだったことがわかるーー いや、たしかに白い濁り湯は素晴らしいと思う。とても温泉っぽい。でも「温泉といえば白く濁っており、それが至高だ」と言い切るには、ちょっともったいないのではないか。 私は1年4か月にわたって日本一周をしたこと

          【読む湯治♨️】虹色の温泉

          アルバトロス・ジャーニー

          まえがき 鉄道のレールは、継ぎ目に隙間が作られています。 なぜなら、その継ぎ目が全くないと、夏の暑い日に鉄が膨張し、レールが歪んでしまうから。 そんな隙間、いわゆる「遊び」が人生にもあっていいのではないかと、私は思います。 今は立ち止まって一休み。 この期間に自分でレールを敷いて、ある程度線路が出来上がったら、またがたんごとんと音を立てて、走り出していきたいと思います。 ◆ ◆ ◆  2022年7月から2023年10月までの1年4か月は、私にとって「遊び」の期間でした

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          アルバトロス・ジャーニー

          テンポラリー・ニート

          いわゆるニートになって2週間以上が経過していた。 8月下旬には退職していたので、その時点で定義上はニート(Not in Education, Employment or Training)であった。ただ、日本一周という目的のために退職したので、ほとんど毎日車を走らせており、ある意味忙しいニートであった。 ところが9月下旬にあえなく車が故障し、修理に1か月はかかることになった。車でないと行きづらい場所を訪れるのが今回の旅の目的だったので、行く術を失った以上、修理が終わるまでの間

          テンポラリー・ニート

          ことのはのは

          幼い頃、私は一人遊びが好きだった。今でこそ弟がいるが、弟が生まれたのは私が小学校1年生のときだったので、一人でも楽しめる「一人っ子マインド」が醸成されるには十分な時間だった。そんな私が当時特に夢中になっていたのは、「文字ブロック」だった。 幼児が誤嚥しないよう、大人の拳ほどのサイズになっている四角いブロックは、上部に突起、下部に窪みがあり、側面にはひらがなやカタカナ、ローマ字が書かれていた。その窪みを突起に嵌め込んで積み上げると、「やま」「かわ」等、単語を作ることができた。幼

          ことのはのは

          過去の作品まとめ(楽曲、小説)

          聴いて&読んでみてね!! 【楽曲】 お願い! ワンクッション Chin-an-ago 御中 Want You 【小説】 八月蝉い (第9回ネット小説大賞:二次選考通過作品) やさしくない 博愛主義者は君を愛せない〜愛に関する一考察〜 以上です! まだまだ勉強中だよ!

          過去の作品まとめ(楽曲、小説)

          あうたりわかれたりさみだるる

          五月雨式に申し訳ございませんが、とメールを書き出すとき、未だにいつも少しだけ、社会人になったなあという気持ちが顔を覗かせるが、その度にこいつは碌な社会人ではないと反省することになる。 社会人なりたての頃、五月雨式に申し訳ございませんが、から始まる先輩のメールを見て、わざわざ意味を調べた。 使うべきでないのにこんなに使いたくなる言葉があるとは、と思った。乾燥したビジネスメールの中に降って湧いたように現れる叙情は、まさにオアシスのようで、私自身も度々メールに長雨を降らせているう

          あうたりわかれたりさみだるる

          ホラーマンは君さ、元気を出して

          小学生の頃、「一人勉強」という所謂自主学習を毎日ノート2ページ分行うことになっていた。どんな学習でもよかったので、私は漢字を書き連ねるか、市区町村の形を羅列するか、挙げ句果てに小説を書くか、そのいずれかしかしていなかった。当時の私の辞書に、「まんべんなく」という言葉はなかったのかもしれない。 興味のあることには全力を尽くせるが、興味のないことには無理をしないと力を注げない子供は、結局そのまま社会人になってしまった。それでも、自分が興味を持っている範囲内の仕事に就けたはずだった

          ホラーマンは君さ、元気を出して

          チタン

          ナイフのような言葉は、見た目ほどには残酷ではない。ナイフを抜いて止血すれば、古傷は残るだろうけれど、いつかは癒えるからだ。本当に残酷なのは、一度刺さったら絶対に抜けないように「かえし」がついている、銛のような言葉だ。 半年前、私はグループの中で一人残業していた。隣のグループにももう一人残業している人がいて、近くを通りかかった管理職の人が、その人に話しかけていた。その声は逞しく、声を潜めても良く通ってしまう声だった。 なぜ最近の新入社員は女性が多いのか、という話題だった。たし