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労働が憎いので貯蓄することにした

労働が嫌いだ。
そういうと、誰でもそうだ、と言われるかもしれないが、簡単にそう言える人たちは、人間について真剣に観察し、考えたことがない種類の人なのだと思う。

人間の多くは労働が好きだ。組織に所属するのが、あるいは家庭での役割をこなすのが。
たぶん、かなりの割合だと思う。労働しているから社会と繋がれる。繋がっていないと生きられない。
それは正しいことだ。そう生きられるならそう生きるのが幸せだとも思う。

そういう私も労働している。
いつも辞めたいと思っている。
色んな理由があるが、理由がなくても二年もすれば辞めたくなる。たぶん、飽き性なんだと思う。同じ職場、同じ人々に会う毎日にウンザリする。労働そのものがイヤになる。ちなみに仕事の内容はわりと嫌いではない。

江戸時代のひとは、お金が必要になったら働いて、少し稼ぐとすぐ辞めるという話を聞いたが、私にとって理想の働き方かも、と思った。
お金が必要な時にだけ働く。
いいかも。
なんかFIREの新種みたいな感じ。

さて、その為にはどうすればいいだろうか?
金がなくても慌てないメンタルとか、必須だと思うが生憎そんなに図太くは無い。
女ひとり生きていくとして、生きるだけでも毎日金はかかる。
そうしてたどり着いたのが、結局は貯蓄であった。

私はオタクなのだが、そんなに散財するタイプでもない、と思っていた。
女だが化粧やお洒落に関心はなく、お金を使うのは映画と本と漫画、時々ゲームを買うくらい。
それなら、結構貯蓄できてるはずなのだが、二年前の私の貯蓄は100万円と少し。
そういう人生だった。100万円あたりで停滞する。何かに金を使う。それも、何に使ったのやら覚えてないようなことに。
これを人は浪費家という。気がついたのが二年前で、そこで私は唐突に危機感を覚えた。
もう三十もなかば、これ、人生詰んでるのでは?

そこで私は目覚めた。
忘れもしない、2021年12月。
忙しかった仕事が落ち着いた時期だった。
私はつみたてNISAをはじめた。

老いも若きも猫も杓子もつみたてNISAである。
しかし私にとって、それは革命だった。
投資を身近にし、日々の節約を促す。
二年かからず、私の金融資産を含めた貯蓄は250万増えた。
含み益もあるけれど、ほとんどは節約の結果だ。
ちなみに、年収は400万程度。

振り返ると、自信にはなった。自分には貯蓄など無理だと思っていた。それが、こんなふうに実現できるなんて。

とはいえまだまだ、安心できる額でもない。
最近は個別株とか米ETFが面白く齧ってみたりしている。
考えると、趣味に投資が加わっただけ、という気もする。
ともあれ、貯蓄が増える=安心材料が増えるということなのでいいことである。

私は労働を憎みながら労働をしつつ、いつかそれから解放されるために貯蓄に勤しんでいる。
FIREなどは夢のまた夢だが、纏まった貯蓄ができたら、フルタイムで働くのを辞めようと計画している。

相変わらず人生からは降りたいし、もしいま目の前に死ねるスイッチがあれば迷いなく押すけれど、死ねるスイッチはないので、死ぬまで生きるしかない。
それなら嫌いな労働はあまりしたくないので、しないで済むような選択をしていきたい。


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