(十五) 九回裏ツーアウト

思えば前職でのインド赴任では不甲斐ない結果に終わり、今回こそはと意気込んで仕事に当たったがそれはやはりどこまでいっても自分のエゴの産物で、自分が本当に求められているものや世間の在りようとは無関係でそのツケが廻って来たのかも知れない。

 いつも心のどこかで自分が張り切ると組織や人間関係を壊してしまうのではないかという恐怖がある。わかってる。俺は自分勝手で本当は人のことなんて考えていないのかも知れない。一方で薄情(僕から見て)な連中が勢いと厚顔を武器に世間を渡り歩いていくのを羨望と嫉妬と侮蔑の眼差しで見つめ続けてきた。

「あいつらを全員、地獄に引きずり落としてやる」これが本当のモチベーションだったかも知れない。じゃあそれをしてどうなる?他人を追い込む動機は自信の欠如や保身、失墜した誇りの回復・・・カッコいい理由ってあんまりない。俺もやつらも一緒じゃん。そんでそれも自然じゃん。

 幼い時の父の言葉が蘇る。

「いじめる奴もいじめられる奴も弱いんだ。だから手の届かない所へ行け」

 だよね。弱い自分を認めよう。そろそろ進まないと。泣き寝入りはしない。だけど同じ戦場では戦わない。全部担げばいーんでしょ。神さまもどんだけ俺に見せ場作らせるのよってナルシストな妄想を味方に付けなきゃやってられないわ(笑)さぁ人生劇場の次のチャプターを始めよう。

 ハルディックは8月の自分の誕生月をもって辞める事を決めていた。最後の仕事としてムンバイで行われる展示会を残していた。同業では名前も知られ始めていたので引き手あまただったであろうと想像するし、転職先や客筋への挨拶も兼ねていたと思う。

日本からも担当部署の部長Tさんがやって来る事になっていた。Tさんとは仕事上の協業関係である上に、彼は僕が最初に就職したM海運の創業者の孫という縁もあり個人的にも懇意にさせてもらっていた。もちろん今回の騒動でハルデッックが辞めるという情報に驚きと不安を隠せない様子であった。ある意味、今回の政治闘争の犠牲となったハルディックにとって立場的にもニュートラルなTさんだけが唯一の心の拠り所だったのかも知れない。Tさんがいてくれたおかげでハルディックも誠実に対応してくれて展示会自体はスムーズに進行した。催しが終わり、いよいよ離職日の前日に一通のメールがハルディックのPCに届いた。内容は

基本的にハルディックの希望の昇給条件を承諾し、所属を日本の部署にするという新たな労働契約の提案

 最後の賭けだったがこれしか方法がなかった。Tさんをおいそれとこちらの痴話喧嘩に巻き込む訳にはいかない。一方で事業そのものが仕切り直しの危機になっている。そのことをなるべく自我を交えず正確に伝える必要があった。タイミングを見誤ると全てが水泡に帰す。すでにF氏自身の行動によってレンズ商売に非協力的なのは明白になっていたし、問題の焦点となった給与の差額がわずか4000円であったこと。それに対して、予定されているプロジェクトの売上規模やすでに実証されている販売数などを停泊先のホテルのバーで夜中まで相談した。僕の意図を理解したTさんは迅速に行動を開始してくれた。

 経費の増大を本社につつかれていたF氏にとって、日本の部署からその負担の申し出があったのだから渡りに舟だ。しかもTさんは年齢も社歴も上の人物なので断るのも難しい。僕自身の弱点は転職組で社内に有力な人脈を持ってないところであったのでこれを逆算して方法を考えるしかなかった。これまではポリティカルなやり方をしないのが自分の信念だったりしたんだけど、それで自分の子分が守れないならそんなプライドはいらない。チャッチャラー♬ かずやは新たなとくぎを覚えた“ねまわし”。

 なにはともあれ事態は一件落着し事務所はいつもの雰囲気を取り戻した。僕の心に一抹の侘しさを残して。

もうハルディックと一緒に明日を見ることはないだろう・・・。

成長と落胆にポテトを付ければハッピーセットになるのかな?


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