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【ファンタジー】結心観音 (1) 【創作大賞2024 応募作品】



あらすじ

 はるか昔、神様と人間の距離が近い頃、厳しい「しきたり」がある村があった。村人は理屈抜きで守り抜いてきたのである。結果、村八分の制度がこの村には存在していたのである。
 大雨のある日、結衣という娘の父親が滑落事故に遭い、結衣の運命は大きく変えられることになる。神様にすがりたくてもままならず、希望を失いかけた時に助けてくれた心助という若者と自分たちの運命を変えていく。それは、純粋な心を持った若い二人の葛藤と変化、神様や悪霊とのやりとりに発展していくことになる。
 これは、若い二人が大好きだった村人から村八分にされながらも、感謝の気持ちを忘れることなく村のために尽くしたいという気持ちを貫く物語である。


第一章 しきたり

山あいの集落

 昔々、四方を山に囲まれ人里離れた集落が存在していた。百人ほどの住民が生活している小さな集落だった。村を囲むように山々が連なっている。山が周りからの強風を遮ってくれるので、台風になった時でも強風による被害を受けなくて済んでいた。その中でも東に面している山は、神様が住んでいる山として崇められ、村人は入山することはなかった。もっとも、神様の住む山の入り口には大きな杉が門番として聳え立っており、修行を納めた者以外は通してくれない。そのことを村人はみんな知っていた。村では、時折天候が悪くなり川の水が反乱する時があったが、その時には村の中で悪い事件が必ず起きるということが言い伝えられていた。神様が村の中での行いを諌めるために川を氾濫させているのだと固く信じられてきたのだった。そのため、村人たちはより一層助け合って生きていく道を歩んでいたのである。助け合って生活するために守らなければならないしきたりも定められていた。

 山に囲まれたひっそりとした村は、国中が戦乱の世になってもその存在を知られずにいたため、戦乱に巻き込まれることはなく静かな生活を送っていた。村人たちは畑を耕し、山で狩りをして生計を立てていた。広い平地はないが、幸い山から流れてくる川があるので水には困らないし川魚も獲れる。自然の要塞のような場所で人々は静かに暮らしていた。ただ、この集落に通じる外部からの大きな道は山と山の間を抜ける一箇所しかなく、雪が降り積もる冬場は人も通れなくなってしまい、完全に孤立した集落となってしまう。毎年十二月から二月いっぱいは通行ができなくなってしまうのだ。村人達は春までの三ヶ月間の食料を事前に準備して冬に備える必要があった。自然の冷蔵庫が周りにあるようなものだから、食料の保存場所には困らないが、山に住む冬眠前の熊には要注意だ。大切な食料が食い荒らされると大変なことになってしまう。そのため、保存食を外の雪の中に保管するために、自然の冷蔵庫として保管庫を作っている家庭が多い。最も手っ取り早い保管庫は、穴を掘り、動物に荒らされないように蓋を作り、近くに目印として竹を刺しておいて保管庫の場所がわかるようにしておくという方法だ。軒下は屋根から滑り落ちた雪が積もってしまうので、保管庫は軒下から五メートルほど離れた場所に作ることが多かった。食べ物を取り出すときは積もった雪をかき出して扉を開けるのだ。生活の知恵である。そんな厳しい環境の場所だったためか、村人たちは強い絆で結ばれていた。厳しい冬の季節が訪れようとしているある日、村長は急足で畑の脇道を歩いていた。

「あ、村長、お出かけですか。今日もいい天気に恵まれましたねー。これから、お仕事ですか」

「おや、声をかけてくれたのは作蔵さんかい。おはよう、精がでるねぇ。ワシはこれから対策会議やらお寺訪問じゃよ。今年の冬は例年になく厳しそうじゃからなぁ。山の守り神様にもお願いをしなければならんしなぁ」

「へぇ、全くこの時期は毎年忙しいですねぇ。薪も多いに越したことはねぇし、隣近所の準備具合も気がかりですよ」

「ほんに、村の人たちは助け合ってくれるから本当に頼りになってますぞ。作蔵さんのように気配りをしてくれるとワシも本当に心強い。特に年配しかいない家庭にとってはなくてはならない存在じゃからな」

「いやー、そんなに褒めてもらっても何にも差し上げるものはないですよ。はっはっはっ」

「ワシも貰うつもりはないですよ、わっはっは。ただのう、ほれっ、このちょっと先の清一さんとこの娘さんのことじゃ。ワシも気の毒だとは思うのだが、村中の結束のことを考えるとのう。致し方なくてな。これまで長年守り続けてきたしきたりじゃからな。ワシの代で覆すわけにもいかんのじゃ。みんな理解してくれてるとは思うが。それがこの村の人たちが生き残っていく術なんじゃからな」

「村長。心配なさらなくても、みんな理解してますよ。苦しいのはみんな同じです。そんでも、貫き通すしかないですよ。我々にも子供や孫がおりますから」

「ありがとうな、作蔵さん。それじゃ、ワシは寺の住職にもこのことを伝えに行ってくるとするわい。その後に清一の娘さんへも通告に行かないとな」

「それはそれは、気苦労なことですね。お気をつけて行ってらしてくだせぇ」

 この村の人々は、お互いに助け合うことを厭わない。全ての村人は近所同士で顔見知りであり、ある意味大きな家族でもあった。それだけ、助け合わないと生き抜くことが困難な場所でもあったのだ。村人たちはどんなことでも相談しあい助け合った。意見が合わない時は村長が間に入って調整した。「みんな、家族みたいなもんだから当然じゃ」と最後には村長は争いを収集するために言っていた。村長を中心とした強すぎるくらいの結束力がそこにはあった。その反面、裏切り行為には徹底して冷たい仕打ちを惜しまないという面を抱えてもいた。人の家のものを盗むことはもちろん、何も告げずに村から逃げ出したり、いつの間にか舞い戻ってきたりして生活している住民にはとても冷たく当たった。村人にとって悪いことを起こす行為や、近隣の人を頼らない行為、大きな被害を与える行為などを行なった家族は、村中から相手をしてもらえなくなるのだ。よく言えば、そのしきたりがあったが故に、これまで大きな問題も起こることなく小さな村は存続できていたとも言える。悪く言えば、村八分という集団行為がこの村には存在していたということなのだ。全住民が何かに取り憑かれているかのように村長の号令の下、統一した行動がとられていた。全員が同じ方向を向くことで、罪悪感を払拭することもできたし、自分たちの行動を正当化して納得することもできた。何事も起きない時は、至って平和な「いい人」の集まりのような村であるが故に、その手のひらを返したような対応は酷かった。

 今年の冬は例年になく雪が多くなりそうな気配だ。まだ十一月なのに既にうっすらと雪が積もり始めている。四方の山が風を防いでくれる地形で盆地になっているせいか、この集落は冷え始めるとなかなか暖かくはならない。盆地の特性で冬場には村人たちに寒さという牙を向け始めるのだ。その分、一致団結して厳しい冬を乗り越えさえすれば過ごしやすい季節を満喫できる。村人たちは協力して、温かい春を迎えるために厳しい冬を越す準備に入ろうとしていた。薪を準備したり、野菜や肉を保存したり、川魚の干物を作ったりと目まぐるしいくらいに協力しあって三ヶ月間の隔離とも言える期間を生き抜く準備をしていた。

 村人が協力しあって働いている中、村はずれにある一軒の家だけは様子が違っている。昨年、村に入る山道で滑落事故に遭い、動けなくなったことを苦にした父親が、母親を道連れにして一人娘を残し自殺してしまったのだ。村人たちには知らせることなく夫婦のみで心中してしまった。思い余った結果だとしても、このことは、村人の怒りを買うことになってしまった。頼られなかったこと、勝手に命を絶ったこと、娘のことも何も周りに言わなかったことが村人たちからすれば重罪を犯した家族として扱われることになってしまったのだ。それが村のしきたりだった。

 そこには、残されて一人で生活しなければならない若い娘が残されて住んでいるのだが、村人たちから、自殺したこと自体が不吉であり村人に対する裏切りであるということを言われ、誰も近寄って来なくなっていた。それまでは仲のいい近所付き合いをしていたにもかかわらずだ。結託するつもりはなくても、周りの住民が遠巻きにしているとみんながそれに準じてしまい、村八分が実行されてしまう。しきたりを守らなければならないという集団心理と集団行動を何よりも重んじるがゆえの周りの行動の中で娘は孤立した。

 これから訪れる厳しい冬への準備も若い娘一人ではままならなかった。薪もそんなに多く準備することはできず、冬を越すための食料に関してはそれ以上に準備することができない。このままでは到底長い冬を越すことはできないと娘は悟っていた。この娘の名前は結衣、村長が気にしていた清一の娘だ。

 村長は、作蔵と別れて村で唯一の寺を訪れていた。村の真ん中にある古いお寺だ。

「ご住職、精が出ますなぁ」

「おや、村長、いつもお世話になっております。はて、今日はまた何用でしょう」

「いやなに、ほれ、清一さんのところの一人娘のことじゃよ」

「ああ、そのことですか。かわいそうだとは思いますけれど、仕方ありませんね、村のしきたりを破るわけにはいきません。大勢の人の生活がかかっていますし、神様の怒りを買うわけにもいきませんから。仏に使える身ではありますが、村の総意を蔑ろにすることはできません。心を鬼にしなければいかんと思っていたところです」

「ああ、そうでしたか。村のみんなのことを考えると致し方ないのですよ。ワシも辛くないと言えば嘘になりますが、ワシが号令をかけるしかないですからなぁ」

「ええ、ええ。村長さんの心労も大変なものだとお察しいたします。先日、両親の弔いのため娘が寺にやってきました。憔悴しきってかわいそうでしたよ。あの娘の家のお墓はこの寺にあるのですが、両親の亡骸を弔うことはできないと柔らかく断って、今後のことを促してあげたつもりです。心に響いていればいいのですが」

「ありがとう。助かります。ワシは、これから娘にも忠告しに行くとしますよ」

「大変でしょうが、村長が毅然とした態度であることが重要です。仏のご加護もきっとあるでしょう。気をつけて行ってください。あっ、そういえばあの娘には想いを寄せている青年がいるかもしれませんな。村の反対側に住んでいる心助という青年です。もうだいぶ前になりますが、青年の父親が亡くなった時の葬儀で出会ったはずです。私も側から見ていてお似合いの二人だと思っていたんですけれどね。こうなっては別れてもらうしかないでしょうな」

「ありがとうよ、住職さん。想い人がいるんじゃ拗れるかもしれんな。だが、それは本人たちの問題じゃから、ワシはそのことには口を挟間ないことにしておくかな」

「そうですね。触らぬ神に祟りなしですからね」

 寺を後にした村長は、なんとか日が高いうちに清一の家に出向き、一人になってしまった娘に今後のことを諭すつもりだった。村長として伝えれば、なんとか理解してくれるだろうと思い、娘を訪問した。

「清一の娘の結衣はおるか」

 家の外から、聞き慣れた声が聞こえて、娘はもしかして村の人たちが助けてくれるのかもしれないと少しだけ思ってしまった。

「はい。どちら様ですか」

「ワシじゃ、村長じゃ。少し時間、いいかな」

「あ、村長さん。はい。どうぞ、中にお入りください」

「いやいや、状況が状況だけに中に入るわけにはいかんでな。ここでいい。実はな、今回のご両親のことで念を押しにきたんじゃ。あんたも、もう村のしきたりは痛いほど知っていると思うが、その確認じゃ。あんたの両親は村の決まりであるしきたりを守らなかったという重大な罪を犯してしまったんじゃ。それをワシらが許してしまうと神様の怒りを買うてしまうことになるから、あんたにも冷たく当たるしかないんじゃ。わかってくれるかの。山の神様の怒りを買ってしまうと村には大きな災害が起きてしまう。言い伝えられているような水の災害は避けたいからのう。あんたも聞いたことがあるだろう。大昔の洪水の話を。だから、ここの家の住民には冷たくせざるをえんのじゃ。あんたのことを考えると村を出ていくことを薦めるよ。このままここに住んでいても辛いだけじゃ。第一、厳しい冬を乗り越えることもできないだろう。もうすぐ厳しい冬がやって来る。その前に村から出て行ったほうがいい。だからと言って、何か支援してあげられるわけでもないんじゃがな。分かってくれるか」

 娘は少しでも期待した自分を後悔し肩を落とした。娘は途方に暮れ諦めかけてはいたが、村長の言葉を聞いて、もう一度歯を食いしばってみようと自分自身を奮い立たせた。一方的に言われることに納得できなかったのだ。それに、こんなことで神様が怒るはずはないとも思っていたのだ。だが、それは両親が眠る地を離れたくないという単なる意地だっのかもしれない。

「村長さん、わざわざ私のところまでお話しに来てくださり、ありがとうございます。でも、この村で生まれ育った私は、他に行くところなどありません。ここで頑張って生きていくしかないんです。たとえ、隣近所の人たちから見放されたとしても、私には他に選択する道がありません。だから、なんとかして今年の冬もこの村で乗り越えたいと考えています。わざわざお越しいただいたことは、本当に感謝しています。この通りです」娘は深々と頭を下げた。

「しかしなぁ、ワシがここから去ったあとは、誰も手伝ってくれないし、話もしてくれないぞ。それでも我慢できるのか。冬を越す準備はできると思うのか」

「わかりません。でもやってみます。やってみてダメならその時に考えます」

「その時になったら、どうにもできんぞ。冬の間は村から出ることも叶わんのじゃ」

「はい、承知しております。それでも私はここで冬を越します」

 娘は両目にいっぱいの涙を浮かべながら、村長に訴えた。娘に何か考えがあるわけでもなく、只々、生まれ育った場所と両親の墓のそばを離れたくないという思いとぶつける先の無い怒りだけが頑なな言葉を紡ぎ出していた。

「そうか。体つきに似合わず頑固じゃの。それほどまで言うのなら、ワシはもうこれ以上何も言わん。そしてここに来ることも二度とないじゃろう。それでもいいのか」

「はい。仕方ありません。両親はお寺の代々の墓にも入れてもらえませんでした。仕方なく私は両親の遺骨を裏庭に埋めました。それが両親の新しいお墓なんです。だからお墓を守る義務が私にはあるんです。ここを離れることはできません」

「そうか、分かった。だが、心変わりして村を出ていく決心したら、それでもいいんじゃよ。これからのあんたの人生はあんたの考え方次第じゃ。厳しいようじゃが、それしか言えん。ワシらには何もしてやることができんからのう。じゃあ、ワシはこれで帰るとする。あんまり無理せんようにな、体でも壊したら大変じゃからな」

「村長さん、色々とお気遣いくださり、ありがとうございました」

 娘は深々と頭を下げながら、地面に滴り落ちる涙を拭うことも忘れ、嗚咽を我慢していた。

厳しい冬

 厳しい冬の到来は例年より早く訪れた。十一月の下旬には狂ったような大雪が降り積り、外の世界と早々に遮断されてしまった。娘は、何度か隣近所の人たちに助けを求めた。しかし、周りの人たちは扉を固く閉ざしたまま、返事すらしなかった。村長が言った通りだった。村人たちは、助けたことにより、自分たちの家族が村八分にされるのを恐れていたのだ。しかし娘は隣近所の人たちが急に離れてしまうとはどうしても思えなかった。少し前までは快く助けてくれていた人たちだったからだ。しばらくは自分自身が忙しくて仲の良かった隣にも行くことができていない。最も隣と言ってもそれなりの距離がある。このままでは冬を越せないと思った娘は一番仲の良かったお隣さんを再び訪ねた。

「すみませーん。おばさん、おじさん、助けていただけませんか。私だけでは冬を越す準備ができないんです。今年の冬は早く来てしまったので、準備が間に合いそうにないんです。どうか、お願いします。少しでいいので助けてください」

 隣の家に娘は助けを求めた。しかし、会って話をしてしまうと情けをかけてしまうかもしれないと隣の家の家族は娘が家の前から去るのを囲炉裏のそばで息を殺してじっと待っている。

「ねぇ、おとう、隣の家の結衣お姉ちゃんじゃないの。入れてあげないの? いつもあたいと遊んでくれた優しいお姉ちゃんだよ」

「うん、分かってはいるんだがな。あのお姉ちゃんの家はこの村の人たちに嘘をついたんだ。嘘をつく人は悪い人だろう。だから、おとうもおかあもお姉ちゃんを助けてあげることはできないんだ。だから、お姉ちゃんが諦めて帰るまで声を出しちゃダメだぞ」

「うん、分かった。でも、お姉ちゃん、かわいそう」

 女の子の隣で母親が啜り泣いている。なんとかしてあげたいという気持ちがあるのだろう。しかし、自分たちの子供に同じ思いをさせるわけにはいかないことを十分に分かっている。それだけに、家族は直接話をしないようにじっと耐えていた。それまでは仲のいいお隣さんとして付き合っていただけに胸中は穏やかではなかった。罪悪感も感じていた。しかし、何よりも自分の家族が一番大切だったのだ。小さな村のなかで孤立してしまっては生きていけないということを十分過ぎるほど分かっていたのだ。

 玄関の軒先の下で途方に暮れていた娘の耳に、微かに母親の啜り泣きとともに家族の会話が聞こえてきた。本当に誰も助けてはくれないということを悟った娘は途方に暮れ、このままでは冬を越せずに死んでしまうと思い、それならばもう生きることに見切りをつけてしまおうと考えるようになってしまった。どうすることもできなくなると、人は死を意識するのかもしれない。父親が自殺した時の心が少しだけ理解できる気持ちになっていた。

 村長の前では強情を張り強がってしまったが、本当に誰も助けてくれないという状況に置かれ、娘の心は音をたてるかのように壊れてしまった。雪が深々と降る中、気がつけば裸足のままで山のほうに向かって歩き出していた。山には神様が住んでいるという言い伝えがある。冬籠りとなる前には、山の神様への供物も準備され無事に春を迎えられるように祈願することも毎年実施されている。娘はそんな神様のもとに行こうと考えてしまったのだ。村人たちは、そんな娘の歩く姿を窓を少しだけ開けて見ていた。声をかけるどころか、誰一人として止めるものはいなかった。一歩、また一歩と雪の中を山に向かって進んでいく娘の足はすでに冷たさで真っ赤になり、雪の冷たささえをも感じなくなっていた。窓の隙間から覗いていた村人たちの頬には涙が流れていた。

山の神様

 村人が神様が住んでいると崇めている山の中では、村人たちを憂いているのか、神様と門番杉が会話している。

「なぁ、門番杉よ」

「はい。神様」

「村人たちと直接声を交わすのは、ほとんどが門番杉であるお前の役割だけれど、長い年月の間に村人たちの結束が揺らいでいるのではないか。千年前、私がこの山にやってきて村作りを支えてやった時に、私が直接村人たちに話をした時には、もっと広い心を村人たちは持っていたと思うのだが」

「そうですね。ここ数百年くらいは、悪天候や災害が起こるとどうやら神様を怒らせてしまったからだと思い込んでいるようです」

「なるほど。そんなこともあるのか。過去の災難は、山向こうから追い払われた邪気を纏った悪い霊が村を彷徨い、鬱憤を晴らすかのように洪水を起こしたり、雷を落としたりしたものだったのだが、村人たちはこの私の怒りだと思っていたのか。私もこの場所に留まっているわけではないので、村人たちには申し訳ないとは思うが、もう少し違う考え方をしてもらいたかったな。私はそんな残酷なことをするような神では無いのだがな」

「はい。その通りだと思います。私は、ご覧の通り大地に根を張っておりますので、ずっとこの場所から村人たちの生活を見てきました。人間というものは、しきたりという決まり事を作るのが好きで、その決まりはいかなることがあっても逸脱しないように守っていく生き物でございます。ここの村人も例外ではなく、しきたりを作っています。そして、年月が経つにつれ、しきたりだけが一人歩きしているようにも感じます。なぜ、そんなしきたりを作ったのかということを考える前に、何かに縋っていることが安心に繋がるのでしょう」

「うむ。そうだな。私も知っている。この村のしきたりは、私の意図を反映していないということを。しかし、どうやら私の言ったことを過去の村人が解釈し、しきたりなるものを作り、今日まで誠実に守り通していることも知っている。それが私は悲しいのだ。村人たちは私のために生きるのではなく、共に住んでいる村人たちで助け合って生きてほしいのだ。いかなることがあってもだ」

「しかし、神様。村人にとっては神様は必要なのです。心の中ですがる存在があればこそ、日々の仕事に精を出すことができるのが人間なのです。言ってみれば、神様を崇拝することで自分たちの生き方は正しいという自信を持ちたいのです。それが短い一生を悔いなく過ごすための拠り所なのです」

「そうか。こんな不在がちの神様でも村人にとっては必要なのか。であれば、私の気持ちを正しく理解してほしいものだな」

「はい。でも、神様がとても忙しいとは村人たちも知りません。なんらかの形で神様の意向を伝えた方がいい時期になっているのかもしれません」

「そうだな。私もこの地を誰かに任せてもいい時期だと思っているから、後継者にその役割を担ってもらいたいものだな。門番杉よ」

「はい、神様」

「お前に力を授けてもうかなりの年月が過ぎ去った。まだ、村人がまともに字も読めなかった時の案内役として杉の精霊だったお前に人と話をする力を与えたのだが、そろそろ見直しが必要かもしれないな」

「はい、私もそう思います。これまでは修行をした山伏のために門番をしていましたが、時代が変わり村人たちも訪れるようになりました。私の前に立つと村人たちは山伏と違い、修行をしていないので、きちんと自分の意見すら言えないようです。これからの時代を考えると、もっと村人が主体となってこの山を治めることも考えた方がいいのかもしれません」

「私もその考えに賛成だ。私もそろそろ天上に帰ってゆっくりしたい。神の世界も色々と大変なことも多いしな」

 この村には過去何度か村人が気づかない悪霊が入り込んだことがあった。神様はその度に追い払うために力を使っていたのだが、何度かは悪霊の悪さを受けてから対応することがあった。その時には村の中で唯一の川が氾濫して大洪水になってしまったり、雷で火事になったりしたことがあったのだ。その度に、村人は村長を中心にして被害を受けた家の修理や亡くなった村人の弔いをした後、神様への貢物をして、怒りを鎮めてもらうお願いも必ずしていたのである。そんな時、決まって神様は山を留守にしていたのだった。

愛しい人

 神様が住むという山には簡単に入ることはできない。山の入り口には千年も前からその地に根を張っている門番杉と呼ばれる巨大な杉の木が立って見張っている。この杉の木は不思議なことに言葉も話すことができ、かつ、枝の全てを自由に動かすことができるのだ。この門番杉が山へ入れて良いかどうかを最初に判断する。山に入るには、かなりの修行を終えたものだけが通行を許可される。なぜなら、神様が宿る山だから邪心を持つものを通すわけにはいかないからだ。無理に通り抜けようとすると大きな動く枝で捉えられてしまい、追い返されてしまう。もちろん、殺されることはないが門番杉を通り抜けて進むことはできない。 

 途方に暮れたままの娘がやって来た。神様の住む山の入り口に着くと、門番杉が行く手を阻み問いかけた。

「お前は誰だ、何しにこの山に来た」

「私は、結衣と言います。もうこの村では生きていくことができなくなりました。両親のところに行かせてください。その前にこれまで生きて来られたことを神様に感謝しお礼を言いたいのです」

「なぜ、生きていく事ができないのだ」

「私は村の中で孤立してしまいました。もう、一人では今年の冬を越す事が出来ないのです。なんとかして準備をしようと思いましたが、もう限界を感じてしまいました。私一人では厳しい冬を乗り越えるための準備ができません。だから、お願いします」

「なぜ、孤立してしまったのじゃ」

「そ、それは。ある時から村の人たちの助けを受けることができなくなってしまったのです」

「ある時とは、お前の両親が亡くなってからということか」

「えっ、どうしてそれをご存知なのですか」

「高い位置からは村中が一望できるのじゃ。だから、お前の行動も見ておったのだぞ」

「そうでしたか。両親も切羽詰まっての行動でしたので、私の口から申し上げることは憚られ、ある時と言ってしまいました。申し訳ございません」

「そうか。本当にお前には助けを乞う相手はいないのか」

「はい。無理に助けを乞うてしまうとその方にも大きな迷惑をかけることになりますから。もう誰にも頼ることができないのです。それで今生の最後に神様にお礼を申し上げたいと考えた次第です」

「ふむ、なるほど。お前の境遇には同情するが、残念ながらお前を受け入れることはできない。なぜならお前はまだ修行が足りていないからだ。今の境遇から抜け出そうと自分の事しか考えていないようでは山へは入れない」

「そんな。で、では、私はどうすればいいのでしょうか。やっと、ここまで辿り着いたというのに」

「人のためにお前の時間を使え、そうすれば安らかな時間がお前を包んでくれるようになるだろう。そうすれば、人のために尽くした時間を修行した時間とみなしてやることもできるようになる。その時にもう一度訪ねて来い。その時にもう一度考えてやろう。なんとかして、厳しい冬を乗り越えるのだ。あきらめるのはいささか早いと思うぞ。まだ、やれることはあるはずだ。よく考えてみなさい。ここから見守っていてあげるから」

「...わかりました」

 門番杉は、娘には愛する若者がいることを知っていた。それに、若者を頼らずにこの山に来たこともお見通しだったのだ。そして必然的に若者の家の方に向かうように仕向けていたのだ。もちろん娘は門番杉がそんなことを考えていたということに気づくはずもなかった。

 娘は、空腹なことさえ忘れ考えた。もう、神様にも会えないかもしれないと思ったとき、ふと想い人のことが脳裏に浮かんだ。娘には愛する若者がいた。迷惑をかけたくないという思いから山に入ろうと考えてしまったが、それすらも叶わず、結局は若者を頼るしかないと気づいた。娘は山を下り、自分の家とは反対の村の端っこに住む若者の家の前までなんとか歩いて行った。すでに体は冷え切って、足の感覚は無くなっていた。やっと辿りついた若者の家の前で立ちすくむ若い娘の気配を感じたのか、家の中から突然若者が現れた。そして雪の中で今にも倒れそうな娘に駆け寄って抱きしめた。止みそうにない雪を確認しようと若者は窓を押し開けて外を見ていたようだった。そしてその時、何となく人の気配を若者は感じたのだった。雪が降り頻る薄暗がりの中に小さな影が見え、若者は飛び出していったのだった。結衣だと感じていた。

「結衣、大丈夫か。何も言わなくていい。こんなに冷たくなって。これからは、僕がお前を守る。村人の対応は聞いているよ。僕のところにも知らせが来たから。でも、僕にとってはお前が一番大切だから、村人全員から無視されたとしてもお前を守ってみせる」

「心助さん、信じていいの」

「ああ、信じてくれ。冬を越すために、お前の分の食料を集めていたから、様子を見にいくことすらできなかった。ごめんよ。その代わり、二人で冬を越す準備は十分にできたよ。薪も多めに準備できた。ごめん、先に会いに行けばよかったね。そうすればこんなことにはならなかったかもしれない。村人みんなにわかってもらおう、なんとしても。さぁ、中に入って冷え切った体を温めよう」

「あ、り、がとう」

 娘は、か細い声でお礼を言うと安心してしまったのか、若者の腕の中で気を失った。若者は冷え切った娘を抱き抱え、家の中の囲炉裏のそばに布団を敷いてそっと寝かせた。すっかり体温を失った足元を温めるために毛皮をかけてさすって血の流れを良くしようとした。時折薪が燃えてパチパチと弾ける音がする囲炉裏でおかゆを作り、娘が目覚めた時の準備をした。しかし、よほど精神的に追い詰められていたのか、娘はなかなか目を覚まさない。若者は娘の横で心配しながらおかゆを作っている。いつ目覚めるか分からないので毎日三食おかゆを作っていたのだ。娘が目覚めない間、おかゆは若者の食事になっていた。若者の体力も少しずつ無くなっていった。それでも、娘のそばにいられることで若者の精神は支えられていた。若者は自分まで倒れてしまうわけにはいかないと自分に言い聞かせていたのだ。

 若者は、今はこの家に一人で住んでいる。すでに両親は亡くなり、生前の両親が大事に耕していた畑を一人で耕し、作物を育て近所の人たちとの交流も良好な関係を保って生活していた。しかし、娘が若者の家に来ているということが知れ渡ると、近所の対応は一変してしまった。近所といっても家同士はそれなりに距離があるので、意図的に近づかなければ話もできないほどである。娘が来る前は、とれたての野菜を持ってきてくれたり、おかずも余分に作ったからお裾分けを持ってきてくれたりしていた近所の人たちが、全く近寄って来なくなったのだ。

 若者は自分が強くなければならないと自分に言い聞かせ、娘を守ることだけを考え続けた。しかし、それでも村人を嫌いになることはなかった。これまで一緒に生きてきてくれたことにも感謝していたのだ。ただ、集団になるとどうしても逆らえなくなることが起きてしまい、自分達の家族のことを最優先に考えるあまり、他人を排除せざるを得ないしきたりを維持し続けている風土を恨んだ。

続く



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