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(――我々は何処で失敗したのだろうか)

 ますきゃっと・バエルは近距離からのヒートブレードによる高速攻撃を繰り返すますきゃっと・アモンと、アモンの攻撃の隙間を縫うように中距離から精密射撃を挟んでくるますきゃっと・ナベリウスの攻撃を紙一重で躱しながら、答えの出ない疑問を考え続けていた。

 アモンとナベリウスは2機共に非常に優秀な機体だったがアモンはつい数日前に、ナベリウスに至っては作戦開始すぐに破壊されている。数日前の定時報告においてアモンからすでに破壊されているはずの同じ部隊の機体から攻撃を受けた、という報告を聞いた時には何かの間違いだろうと思っていたが、今まさにアモンが報告してきた内容と同じ状況にバエルは立たされていた。

「アモン……いや7号!これはどういうことだ?」

 努めて冷静に目の前のアモンに問いかける。声は聞こえているようだが返事をする気は無いように見える。最初は地上のコーポによる機体の乗っ取りを疑っていたが、全73機体存在する部隊はそれぞれが専用の特殊装備とその装備を使いこなすための訓練を受けており、万が一にでもハッキングされ機体を乗っ取られたところで各機体が持つ専用装備をこの短期間でここまで使いこなすことなど考えられない。洗脳の類だったとしても部隊は降下作戦の開始まで厳重に秘匿されていたはずであり、作戦開始からすぐに機体の洗脳など通常であれば考えられない。

(部隊開発者の中に裏切者でもいない限り…)

 もし部隊の詳細な情報が地上のコーポにリークされていたとしたら、彼女達は同士討ちするためだけに地上へ降りてきたことになる。部隊開発者達から放っておくと戦争で種族ごと自滅しかねない人類を救うためと教えられ、月から地上へ降りてきたというのに同士討ちで壊滅状態に追い込まれてしまうとは余りにも皮肉が効いている。
 しかしバエルは情報のリークに関しても無かったと結論付けた。リークされていたにしては地上のコーポ部隊は何も知らなすぎる。

(先程のコーポ部隊、私達の同士討ちに居合わせたにもかかわらず驚愕、混乱しどちらにも攻撃しないまま撤退していった。前線に立つ兵士どころか上の指揮系統まで何も知らない可能性が高い。そしてもう一つ……)

 バエルが気になっているのはますきゃっと・ナベリウスの存在だ。アモンに関しては部隊内で共有している信号が消滅したことで破壊されたと判断したが、ナベリウスに関しては作戦開始すぐだったこともあり、他の機体がナベリウスが破壊される瞬間の映像を偶然記録していた。他の機体と連携行動せずに独断で目の前の戦場に飛び込むきらいがあるナベリウスはその戦場において何らかの攻撃を受け、専用装備のガトリングガンを中心に大爆発を起こし破壊された。頑丈な戦闘用アンドロイドが文字通りバラバラに飛び散る様子が記録されていたのだ。しかし、目の前にいるナベリウスは傷一つない状態でアモンと連携し攻撃を仕掛けてきている。

(このまま攻撃を回避し続けるのは難しいだろう。二人共こちらの回避行動を見切りはじめている。…気は進まないが狙うのならこの場において『異質』なナベリウスの方だな)

 バエルは頭部の破壊を狙って振り抜かれたアモンのヒートブレードを、瞬時に自分の背後に展開させた専用装備であるサブユニットの巨大な腕で勢いを殺さぬまま弾き飛ばし体勢を崩したアモンを蹴り飛ばすと同時に、少し離れた場所で攻撃の隙を伺っていたナベリウスの背後にサブユニットを転移した。

 「!!」

 すぐに背後を取られたことにナベリウスは気付いたがバエルのサブユニットによる高速の手刀に反応しきれず、両肩に展開していたガトリングガンごと左腕を切断された。

 「流石は1号…やるじゃあないか」
 
 「なっ!?」

 かつて戦闘訓練時によく見せていた目を細め口元を歪める特徴的なナベリウスの不敵な笑みと、切断した左腕が紫色の粒子のようなものになって消えていく様子を目撃し、追撃しようとしたバエルの動きが止まった。

バンッ!

 まるでこの状況を待っていたかのように、索敵センサー範囲外から対物ライフルによる一撃がバエルを撃ち抜いた。身体の3分の1を失ったバエルは10メートル以上吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。しかし撃たれた瞬間からバエルの思考は本来の性能を超える速度で加速していた。

(あれは73号……ますきゃっと・ミシャンドラ!?)

 バエルの視線の先には対物ライフルのスコープを覗き込むミシャンドラの姿があった。その腰元には部隊開発者達から『能力・性能不明』という不可解な説明を受けたタブレット型の専用装備が青い光を点滅させていた。
 バエルはここまでの映像と音声、そして自分の考えをまとめて強固に圧縮を掛けた後、一番近い他の機体に送信した。

(一番近いのはベリアルか?しかし前線でもないはずなのに戦闘中か。これではもう作戦どころの話じゃないな。……我々は人類を救い、平和を齎す存在ではなかったのか。)

 ノイズ混じりのバエルの視界に、ミシャンドラの姿が映り込む。彼女は腰元のブックホルダーに固定しているタブレットを取り出すとバエルにかざした。

 「私の目的達成のため貴方の知恵が必要です、バエル――」

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