記憶の音

眠っているときにチャイムが鳴ったような気がして起きてみると誰もチャイムなんか鳴らしていなかったことってないだろうか?
インターホンを再生してもやっぱり誰も来ていなかったなんていうこと。
ああ寝ぼけていたのか。ああ夢だったのか。
なんて思いながら、鳴ったけどなぁってどこか不審な感じ。

あれが夢だとすればつまり。
僕たちの記憶というのはものすごい精度を持っているということなのだと思う。音声を想像以上に正確に頭の中に格納している。
それが眠っていて何かのきっかけで再生されるということなのだろう。
起きている時にそれが起きたら致命的だなぁと思うけどさ。
わりとそこはちゃんとしているみたい。

音は周波数だ。デジタルで編集すれば波形を見ることが出来る。
僕たちの耳で聞こえる可聴範囲から外れた時に音が消えたと感じるけれど、実際には残響は続いて、徐々に波形が減衰していく。音が完全に消えるのがいつのタイミングなのかちょっと想像も出来ない。マイクロ波の単位まで減衰していくこともあるのかな。それともその前に別の波長に打ち消されることが殆どなのかな。ひょっとしたら奇跡的に明治や大正の音がどこかで残響として響いているなんてこともあるのかな。

頭の中で音楽が聞こえることがある。
全ての音がほぼ完全に再生されている。
どんなふうに頭の中に保存しているのかもわからないけれど。
記憶の音っていうのは確かに存在している。
五感全てに記憶があるというけれど。
どんな状態でアーカイブされているのだろう。
自由に抽斗から出せるわけでもなく、ふとした瞬間に記憶を呼び起こす。

例えばどこかの劇場を借り切って映画上映会なんてことも出来るわけだけれど、一番の違いは音響だ。
映画館と劇場はとても良く似た空間だけれど、音響設計がまるで違う。
劇場は舞台上の音声が観客席に拡がるように計算されている。
中型以上のホールに行けば天井に反響板と呼ばれる板が設置しているからすぐにわかるはずだ。
一方で映画館はかなり反響しないようなデッドな空間になっている。
舞台挨拶なんかをすると、劇場とは違って生声が届きにくいことがすぐにわかる。
映画そのものの音響をなるべくピュアにスピーカーから出力するという設計なのだと思う。立体音響を組んでいたりもするから余計にそうなる。
残響は吸収されていく。
そう思えば映画は映画館で上映されるべきだ。

懐かしい景色や匂いのように。
懐かしい音があるだろう。
記憶があるのだから。
音はただの音じゃなくて、記憶の中の音になる。
優しい音、冷たい音、怖い音。
経験則の中で僕たちはいつの間にか音声にも性格を付けている。

とても高精細に音声を残してくださった。
MAをして出来上がった映画の音声は、最初にヘッドホンで聞いて鳥肌が立った。
映画の音声ってクリア過ぎるとホワイトノイズを足したりするんだよ。
不思議だと思うけれど、僕たちは普段ノイズに囲まれているからその方が不自然じゃなくなる。
ノイズは実はノイズじゃないってことだ。

僕は音声だけじゃなくて大抵のことはそういうことだと思うのだよ。
ノイズであったり。減衰した残響であったり。
すでに可聴範囲を外れてしまった音であったり。
そして記憶の中にある音であったり。
実はそういうもの全てが重要なのじゃないだろうかって。
ノイズキャンセリングで街の音を感じないで音楽に没頭できる時代だけどさ。あれってスタジオの際現に近づくのかもだけどさ。それでも記憶の音はどこかに流れているはずで。
今は簡単に色々なものを省略するし、クリアにしたがる傾向があるのだけれど、そうやって何かに集中させることよりも、ノイズだらけの中で音を見つけるようなことが表現なんじゃないのかって思うんだよなぁ。
自分の呼吸の音や心臓の鼓動なんか、ちゃんと無意識的にカクテル効果だかなんだかで聞こえないように出来てるじゃんね。
わけわかんねぇかな。

うん。
だいぶ、わけわかんねぇこと書いてるの自覚する。

ま、いっか。

映画『演者』

企画 監督 脚本 小野寺隆一
音楽 吉田トオル

「ほんとう」はどちらなんですか?

◆終映◆
2023年3月25日(土)~31日(金)
K'sシネマ (東京・新宿)

2023年4月15日(土)16日(日)
シアターセブン(大阪・十三)

2023年4月15日(土)18日(火)21日(金)
名古屋シネマテーク(愛知・名古屋今池)

出演
藤井菜魚子/河原幸子/広田あきほ
中野圭/織田稚成/金子透
安藤聖/樋口真衣
大多和麦/西本早輝/小野寺隆一

撮影 橋本篤志 照明 鈴木馨悟 録音 高島良太
題字 豊田利晃 絵画 宮大也
スチール 砂田耕希 制作応援 素材提供 佐久間孝
製作・宣伝・配給 うずめき

【あらすじ】
昭和20年春、終戦直前のとある村。嶋田家に嫁いだ3人の女たち。
血の繋がらない義理の三姉妹は男たちが戦時不在の家を守り続けている。

家長であるはずの長男の嫁、智恵は気を病んでいた。
三男の嫁、恵美は義姉を気遣う日々を送っている。
次男の嫁、陽子は智恵がおかしくなったふりをしているのではと疑っていた。

やがて魔物が再び女たちの前に現れる。
世界は反転して、演技は見抜かれる。

投げ銭は全て「演者」映画化計画に使用させていただきます。