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その4 『心在らずフェス』 -夢中のストラット

悪夢だった。最初、星空かな、と
思った。近寄ると、大勢の観客が振
るペンライトだとわかった。「ここ
は自分の来る場所じゃない」と思っ
たのに、帰らせてもらえない。
中央に、スポットライトに照らさ
れた、とても狭いステージがあった。
私は後ろも振り返れずに、照明の真
下に立った。いや、立たされた。そ
の途端、照明は消え、星々は、その
手に摘んだお札を、私に向かってヒ
ラヒラさせながら、みんな暗闇に帰
っていった。お札が擦れる音が、ま
るで虫の羽音のようだった。私だけ
が一人残された。
 しばらく立ち尽くして、すべての
音が静まっても、羽音の記憶がリフ
レインした。「お前には払わないよ」
と、言われているような気がした。
「欲しいなんて言ってない」
誰に向けてでもなく、それでもそ
う言うしかなかったのに、この声は
まるで空気に反発するように、どこ
にも飛ばず、何にも反響しなかった。
自分が世界のどの空間にも居ないよ
うな気がした。このまま消えたいの
に、体は異物のように残った。
気持ち悪い、そう思って目が覚め
た。


 なんで、私はここに居るんだろう。青空にこんもりとした雲が走る。木漏れ日がキラキラと揺れて、芝生が青々として。あ、スミレだ。持たされたマイクはこの会場のものだ。大きな植物に囲まれたこの野外ステージには、生暖かい風がよく通っている。ナガヲのアコーディオンに取り付けたマイクがそれを拾ったので、キャパ百ほどの会場に「ボボボ」と轟いた。黒Tを着たスタッフに取り囲まれたナガヲが、モゾモゾとアコーディオンを背負い直している。


「ボーカルの方、声ください〜」
ステージ袖の別のスタッフが、先に私のマイクの調整に入っていた。
「アー、アー......ねぇナガヲさん、私、今日は歌えない。帰りたい」
「ええ〜いいじゃない、スピーカー使い放題ですよ〜」
スタッフの肩越しに、笑顔のナガヲが声を張る。
「ナガヲが勝手に申し込んだので、
 ナガヲが歌えばいいと思うの」
「だめよ、私にはこっちがある」
 指を差されたアコーディオンから、一旦全てのマイクが取り外された。
「♪ラーラ〜〜ラーラ〜〜ラー」
「や閉店の曲やめて! 今から!」
「はい、オッケーでーす」
 ……どうやらスタッフの耳に、私たちの話の中身は届いていないようだ。

 不意に、「なんか歌って〜」と、まばらな客席から声がした。
「......なんかって何ですか」
 マイクからそう問うたが、会場が微かに笑っただけで、返事はなかった。なんかって何。どちら様? 本命のバンドまで暇だから茶化しに来た? それとも入場料の元を取ろうとしてるの? その手のお酒はおいしい? トイレに行けばいいのに。
 私は即興で『漏らすなら最後まで』を歌った。目の前で雑念抱いてくれるな。半端なら立ち去ってくれ。



 調整していたアコーディオンが次第に私に追いついて、いつの間にか立派な伴奏になっていた。呼吸が合って、自然と笑えてくる。ナガヲも楽しんでいるのがわかった。
 こういう音楽は好き。けど今日のセトリにはない。機械みたいに立た
されて、値踏みされて歌うのは嫌だ。ほら今の楽しかったね、よし帰ろ!
「はい、リハオッケーでーす。本番お願いしまーす」
 頭の中で、バサバサと音がした。

〈続く〉



©️Onohana
月刊ニュータイプ 6月号掲載 2023年5月10日発売


『夢中のストラット』 作・絵 小野ハナ
アニメ情報誌〈月刊ニュータイプ〉にて連載中!
https://webnewtype.com/magazine/newtype/new-magazine.html



こちらのnoteでは、
アニメ情報誌ニュータイプに掲載された連載作品を
アーカイブとして全編掲載しています。
公開作品は、本誌掲載から3ヶ月経過しているものです。

毎月、本誌発売日の2日前に本文と完成イラストを、
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