私訳『Le Petit Prince(星の王子さま)』【第1章】大人向け和訳

第1章を既存訳を気にせずに現実的に和訳しました。注釈も入れてあります。童話の色眼鏡は一切なしのリアリスティックな解釈です。既存訳に物足りない方の参考になれば幸いです。間違いを見つけたらコメントいただけると嬉しいです。

献辞

第1章

 6才だった頃のあるとき、すばらしい絵と出会った。原生林について書かれた『本当に体験した話』[*1]という名前の本のなかだった。その絵は、ヘビ[*2]のボア[*3]が、けもの[*4]を飲み込むところを描いていた。これは、その絵をまねたものだ。

(挿絵)獣を飲み込もうとするボアヘビ

 本には、こう書かれていた。「ボアヘビは獲物をかまずに丸ごと飲み込む。そのあと、消化にかかる6ヶ月間は動くことができずに眠っている」
 それから僕は、ジャングルで起こる様々なことを、たくさん考えた。その次に、人生初の絵を、色鉛筆を使って描きあげた。第1作目。その絵は、こんな感じだ。

(挿絵)ボアヘビ

 この傑作をおとなたち[*5]に見せて「怖くならない?」と尋ねた。
 おとなたちは「どうして帽子が怖いの?」と答えた。
 この絵は、帽子ではない。ボアヘビがゾウを1頭消化しているところを描いたものだ。それで今度は、おとなたちにもわかるように、ボアヘビの内側を描いた。おとなたちは、いつも説明を必要とした。第2作目は、こんな感じだ。

(挿絵)内側が見えるボアヘビ

 「内側が見えても見えなくてもボアヘビの絵は脇において、それよりも、地理や歴史、算数や文法に興味を持ちなさい」と、おとなたちから忠告された。そうして、6才にして、絵描きとしてのすばらしい人生をあきらめた。第1作目も第2作目も失敗だったので、やる気をなくしてしまった。おとなたちは自分では何も理解できなくて、いつもいつも説明してあげることに子どもは、うんざりしてしまう。
 そういうわけで、他の職を選ばなければならなくなり、飛行機の操縦を学んだ。ほぼ世界中を飛んだ。地理を学んだことは、たしかに[*6]、意味があった。中国とアリゾナ[*7]をひと目で見分けることができた。もし夜に迷子となったときには、とても役に立つ[*8]。
 こうしてたどってきた人生のなかで、多くの大事な人たちとたくさんの交流があった。おとなたち[*9]の近くで、多くのときを過ごした。おとなたちをとても間近で見てきた。だからといって、僕の考えにたいした影響はなかった。
 多少頭が冴えているように思えるおとなに出会ったときは、いつも持ち歩いていた第1作目を試した。本当に理解力があるのかどうか知りたかった。でも、返ってくる答えはいつも「それは帽子」だった。だから、ボアヘビについても、原生林についても、星についても話さなかった。話の程度を相手に合わせた。ブリッジ[*10]、ゴルフ、政治、それにネクタイについて話した。そうすると、そのおとなは、とても話のわかる大人の男と知り合えた、とすごく喜ぶんだ。

訳注

*1 本のタイトルは原文 Histoires Vécues であり、体験談、経験談という意味。未開の森を冒険したことを主観で書いた本だと思われる。実話を意味する Histoires Vraie との違いを明確にした訳にした。
*2「ヘビ」の箇所は原文 serpent であり、英語 snake に相当する言葉。ヘビ全般を指す。英語 serpent とは異なる。
*3 ボアは原文 boa であり、実在するヘビ。肉食で、毒をもたず、獲物を締め上げて殺して丸のみにする。ボアのなかで代表的な種は、ボアコンストリクター。ちなみに、英語訳の『The Little Prince』はいくつかあるが、初の訳本のときから原文 serpent boa に対して boa constrictor の訳語を用いている。
参考 Boa の項のフランス語版wikipediaへのリンク
https://fr.m.wikipedia.org/wiki/Boa
参考 ボアコンストリクターの項のwikipedia へのリンク
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A2%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC
*4「獣」の箇所は原文 fauve であるが、ぴったりな日本語がない。肉食の哺乳類、特にネコ科の中型や大型を指す(ライオンなど)。
参考 Fauve の項のフランス語版wikipedia へのリンク
https://fr.m.wikipedia.org/wiki/Fauve
*5「おとなたち」は、原文 grandes personnes であり、子どもが大人たちを指して言う言葉。英語 grown-ups に相当する。
*6「たしかに」の箇所は原文では、c'est exact が挿入句として書かれている。「おとなたちが言ったことは正しかった」を意図していると思われる。もちろん皮肉。
*7「アリゾナ」はアメリカの州のひとつ。だが、作者がアメリカで本作を執筆し、かつ、本作が書かれた時代を考慮すると、本作初出版の約2年前の真珠湾攻撃(1941年)との関連が想起される。当時のアリメカ海軍の戦艦アリゾナは、真珠湾攻撃において沈没しており、真珠湾攻撃による被害の象徴的存在である。
参考 アリゾナ(戦艦)の項目のwikipedia へのリンク
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%8A_(%E6%88%A6%E8%89%A6)
参考 アリゾナ記念館の項目のwikipedia へのリンク
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%8A%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%A4%A8 
*8 地理を学んで役に立ったといっている箇所は、皮肉と思われる。というのも、中国とアリゾナ州の区別という何の役にも立たないことを例にあげているからだ。夜に迷ったときの箇所は、話の流れから夜間飛行のことだと考えられるが、そんなときには、なおさらその区別に意味がない。この箇所で語り手が言いたいことは「学んだ地理は現実に対してまるで役に立たない」ということだと考えられる。
*9 この箇所から「おとなたち」の言葉が意味するのは、語り手が成長して世界が広がって色々と交流してきたおとなたち。しかし、「おとなたち」を原文grandes personnesのまま表現しており(訳注5参照)、語り手が語る昔話のなかの語り手の気持ちがまだ子ども側にいたことを示していると考えられる。
*10 トランプゲームの一種であるコントラクトブリッジのことだと思われる。