「人間の条件」(ハンナ・アレント)をド素人が読み進める②【プロローグ】
1957年、人工衛星が地球を廻った
本書は「一九五七年、人間が作った地球生れのある物体が宇宙めがけて打ち上げられた。」という一文から始まる。
スプートニク1号が打ち上げに成功したとき、当時の人々はどのようなことを考えたのだろう。
今だったら、初めて火星に人類が到達したみたいな感じだろうか。
果たして、火星に人類が到達した場合、われわれは、どんな感情になるだろうか。
人間はすごいなという手放しの歓びもあるかもしれない。科学技術の発展と人類の進歩というようにすごくポジティブにとらえることもできるだろう。
しかし一方で、なんかついにここまでやっちゃったかという怖い感じもしそうである。変化を恐れる平凡な市民は、急激な変化が怖い。
人類が火星に到達した場合、人間すごいで、手放しにポジティブになっちゃっていいのだろうか。
スプートニクの打ち上げ成功のことについて、「地球に縛り付けられている人間がようやく地球を脱出する第一歩」との表現がある。
この表現には与えられた人間存在に対する解放あるいは反抗が、見え隠れする。こういう発想に、手放しにポジティブになっていいのだろうか。
新しい科学的・技術的知識を、どういう方向で使うかという問題は、科学的に解決する問題ではない、きわめて政治的な問題であるとアーレントは言う。
いまでもAIやメタバースといった新たな技術がどんどん現れるが、すくなくとも私は、これらをどんどん理解できなくなってくる可能性が高い。
新しい技術に対応しようとしたら、そもそもわからないことに加えて、自分が普段使っている言葉や思考では表現できなくなってくる可能性がある(というか既にそうかもしれない。既によくわからない用語や計算式ばかりである)。
そうすると私の代わりに考えたり話したりしてくれる人工的機械が必要になってくるかもしれない。
それではもはや、私は技術的知識の奴隷になってしまうのではないか。
オートメーションの出現
オートメーションのおかげで、工場から人はどんどんいなくなった。
人間は、オートメーションのおかげで、労働の「労苦と重荷」から解放される、労働から自由になるはずだと思われた。
しかし、そうはならなかった。
労働から解放された願望が達成された瞬間、この社会はその労働からの自由を手にするのに値する次の労働を求めてしまう。
労働以上に意味があるアクティヴィティを知らないのに、その労働をなくす労働者の社会に突き進んでいる。アーレントは、これ以上悪い状態はないという。
最近、AIに仕事を取られる職業というテーマが話題になることがある。AIに仕事を取られるのは怖い。
しかし本当は、仕事を取られてしまったら、生きていけなくなってしまう社会だと思っちゃっていることのほうが怖いのかもしれない。
そんな危機感をアーレントはすでに1957年の段階で持っていたということになる。もう60年以上も前である。
「人間の条件」が論じようとしていること
本書は、この問題を解決しようとすることを目的とするものではないとアーレントはいう。
本書の目的は、当時の新技術と当時の不安を背景にして、人間の条件を再検討することである(そしてこれは、当時だけではなく現代でも普通に通用する話だと思う)。
本書でやろうとしている企ては、単純だとアーレントはいう。
すなわち、本書は「私たちが行っていること」をテーマにする。
「人間の条件の最も基本的な要素を明確にする」ことを目的とする。
これは「明らかに思考が引き受ける仕事である」とアーレントは言う。なんかかっこいい。
本書の射程
実は、プロローグでは、本書が何を論じ、何を論じないかがわりとはっきり書かれている。
まず、活動力の全部を対象にしていない。「すべての人間存在の範囲内にあるいくつかの活動力だけを扱う」。
また、「考えるという活動力」は、本書の考察の対象とはしない。
本書は、「労働、仕事、活動」に関する議論に限定するとある。
ほかにもあるけど、この3つだけを扱うよと言っている。
読む前は、なんかMECEじゃねえなと思ってしまっていたが、最初からそうじゃないといっているのだから、当たり前である。
また、アーレントは「人間の条件から生まれた人間の永続的な一般的能力の分析に限定」するとも言っている。
これは人間の条件そのものに根源的なものの分析に限定するということかなと思う。
また、歴史的分析の目的は、「地球から宇宙への飛行と世界から 自己自身への逃亡という二重のフライト、をその根源にまで遡って跡づける」とある。
上記のエピソードが顕にした現代社会の性格を浮き彫りにしようとするということかと思われる。
プロローグだけだと、まだ本書が公共性にどうつながるのか分かりにくいが、ここからどう展開していくのか、楽しみである。
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