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暮れ


 手帳の四角の中に詰められている文字の窮屈さが嫌になって、今日の午後はぼうっとするぞ、と決めた日。
 朝の支度だけは頑張って、大学についてひとつふたつ授業を受けて、食堂でお昼ご飯を食べる。
そこからが私の時間の始まりで、あるときは多摩川の河川敷で大泉洋さんのエッセイを読みながら春の風と川の向こう側の桜と、電車の音に癒されていた。
 またあるときは、特に用もないのに羽田空港に行って、第1ターミナルのスターバックスの滑走路が見える席に座って、ただただ人を乗せた飛行機がはばたいてゆくのを見つめていた。西陽が落ち、移りゆく空の色が美しかった。
 なんだかもう全てが嫌になった平日は、『私は今から海を見にいくんだ』と友達に宣言して、電車に揺られ、近くの海岸まで行った。冬の寒い日に何やってるんだろうな〜とか思いながら、海の近くのパン屋さんでクロワッサンを買って、海岸で小さくしゃがんで食べた。お尻に敷くものもないし、ローファーで来ちゃったけどそんなことは気にせず砂の上に腰を降ろし、この海も空もひとりじめだ〜と、声に出した。色んな生き物や風や植物が周りでちゃかちゃかと動いているんだけど、空と波しか目に入らなくて、すべての時間がゆっくりと流れているように感じた。


日が暮れるころに遠くを眺める。
ひとびとの生活の光は、揺れる。
儚くて美しい時間。

イラスト・音 : onyoro

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