研修医日記④〜舵を切れない外科マンス
まるで太平洋の真ん中でたゆたう船みたいだ。
運ぶべき積荷も帰るべき母港もないから、どこに行ったって怒られない。
どの方角に進めばどこに辿り着くかは地図があるからだいたいわかる。でもその土地の風景や人々の暮らしがどうなっているのかは地図からはわからない。
興味本位でチリに行ってみてもいいけど、そのあとフィリピンに行きたくなったとしたらすごく面倒だ。
25歳、研修医、夏。行き先がわからなくなった。
外科での2ヶ月間の研修の半分が終わった。
研修医のわたしに課せられているデューティといえば、毎朝看護師さんにせっつかれる前に身体拘束の指示をだすことと、手術で人手不足の時に腸を押さえることくらいで、超暇である。
暇があると無駄に考えてしまうようで、研修医になってまだ4ヶ月なのに、研修が終わる2年後の進路について早くも悩みはじめてしまった。
2年間の初期研修が終わったら、大半の人は自分の進みたい診療科と病院を選び、そこで3-5年働いて〇〇科専門医の称号を得る。
私は産婦人科にしようと思っていた。赤ちゃんは正義だし、産声はゴスペルだから。
でもお産は昼夜を問わない上に人手不足だからすごく忙しいらしく、それに耐えられる自信がなくて決めかねていた。そしてそれに加えて外科を回っていて気づいてしまったことがある。
私はオペ室が無理らしい。自分が閉所恐怖症なのを忘れていた。もう八方塞がりだ。
同期に相談したら、その子は3年目は一年間インターンとして働くつもりだと教えてくれた。
そこで閃いてしまった。別に医者を一年位休んでもいいんだと。
わたしの唯一の夢はスペインに住むこと。人生が嫌になったらスペインに逃げようと思っていたけど、今行ったってかまわないよね。むしろ夢があるなら早めに叶えた方がいいのでは?
そう気づいてしまったら急にワクワクしてきた。一年ずっとスペインにいると飽きるだろうから、春に2ヶ月だけ滞在してヨーロッパ各国も放浪しよう。夏は日本で四年目の働き口を探そう。秋冬はちょっと興味ある熱帯医学の講座がロンドン大学であるから短期留学したい。
かかる費用はざっと200万円台。いまから毎月10万円貯金すれば間に合う。
よし、そうしよう!そうと決まればもう楽しみで仕方がない。節約しよう、英語とスペイン語の勉強をしよう。
…でも少し経ってから疑念が湧いてきた。
これって、「逃げ」ではないのか?働くのが嫌だからって、せっかく大学まで出してもらったのにわがままではないのか?
結局、親の跡を追ってるだけじゃないの?無意識だったけどよく考えたら留学の行き先が両親と同じだし、学びたいことも親戚と似てるし。自我はどこいった? と。
まあわがままだろうとなんだろうと、私の人生だし自分のお金で行くんだし、私の勝手か。親の影響を免れないのは普通のことかな。
などと踏ん切りつかずに悶々としていたら、外科で経験を重ねる中で色々な手技を任せてもらえるようになり、さらには誉めてもらったりして、すっかり外科系もいいかも。なんて思い直してしまった。ちょろいな、わたし。
結局、2年後どうしていいかまだわからない。
腸を抑えつつ、考えることにします。
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