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なぜFTPベースのインターバルがいけないのか

前回の記事ではVO2max(最大酸素摂取量)には、心臓血管系といった中枢的な要素のみならず、筋の酸素利用能力など末梢的な適応も関与していることを述べました。

VO2maxがいかに複雑な概念であるか、私がいかにVO2maxというものを愛しているかは伝わったことでしょう。



同時に
「こんなに複雑なVO2maxが、ただのFTPベースのパワーゾーン(L5,Z5)であるわけがない」
とも述べました。

インターバルでVO2maxを向上させたいのであれば適切なワーク・レスト強度の設定が必要なのは大前提です。
これをFTPベースで行うことの何がいけないか?どのような落とし穴があるか?

今回はそれを解説していきます。

VO2max相当パワーを推定するメリット



繰り返し述べているように、VO2maxの向上には酸素摂取量がおおよそ>90%VO2maxに達している状態で過ごした時間、つまり
T at VO2max(VO2max滞在時間)が重要
とされています。(1)


この>90%VO2maxに到達したことを確実に計測する方法は原則、研究室で特殊なマスクを付けてテストを行う他ないのですが、当然そのような環境を有している選手はほとんどいません。

ですが、我々サイクリストにはパワーメーターがあります。
VO2max(最大酸素摂取量)に相当するパワー、つまり100%VO2maxにほぼ確実に到達できるであろうパワーを推定することが出来れば、
後はVO2max滞在時間が十分に確保できるようにインターバルを組んでいくだけで良い、という持論も各所でしつこいほど展開して参りました。


VO2max相当パワーであるPPO(Peak power output)と推定のためのテストに関してはこちら



少数のコーチがこうしたテストを推奨している一方で、まだまだ日本においては
「VO2max = FTP106-120%」で練習すればVO2max(最大酸素摂取量)をダイレクトに鍛えることができる、
という見方がメジャーなように感じます。

しかし、実際にこのテストを行った結果に基づいてインターバルを実施してみれば分かることなのですが、
PPOつまりVO2maxパワーがFTP106-120%の間に収まらないのは非常によくあることなのです。

まず多くの場合、106%FTPではVO2maxを引き出すには強度が不十分であると思われます。

実際、心拍数や主観的運動強度(RPE)は相当苦しくなっているものの、実はVO2maxには到達していない、ということも往々にしてあり得るようです。(2)(図3)

もちろん通常、運動強度が上昇するほどVO2maxへの到達時間も短縮されることから、120%FTPというL5の上限で運動を行えば高い確率で>90%VO2maxまで酸素摂取量を高められるでしょう。

しかし、運動強度が高すぎるとより早く疲労困憊に達してしまい、VO2maxに早く到達できたとしてもワークアウト合計のT at VO2maxが低くなってしまうリスクを孕んでいるのです。(3)

だからこそ、インターバルを行うのであればワーク強度は高すぎても低すぎてもダメ。
だけど限界まで追い込めなければダメ。

適切な強度設定を行うには、106-120%FTPというのはあまりにも範囲が広すぎるのです。

FTPとVO2maxの生理学的な相違



前提として、FTPは"1時間に渡って運動を継続できるギリギリのパワー"として定義されています。

そのためFTPの強度は運動生理学的には
「Maximal lactate steady state(MLSS)」
と呼ばれる指標に近いものと思われます。

MLSSとは直訳すると「最大乳酸定常状態」となり、おおよそ血中乳酸濃度が4mmol/Lに達して維持されるところ、と定義され、これを超える強度では急速に疲労してしまい長く運動を継続することができません。(4)
(疲労してしまうのは乳酸が溜まるせいではないのですが、この辺りはいずれ改めて)


図1 (4) Lactate threshold concepts
How Valid are They

Oliver Faude, Wilfried Kindermann, Tim Meyer
Sports medicine 39 (6), 469-490, 2009


このMLSSに関してはOBLA,LT2,ATなどと様々な呼び名がありますが、どれも似たようなもので血中乳酸濃度4mmol/L程度での運動強度を指していると捉えてよいでしょう。

面白いことにMLSSとFTPとの間には有意な相関性が認められています

とある研究のデータではFTP 240±35wに対してMLSS246±24w (この研究ではLTと記載)と、かなり近似値を示すことがわかります。(5)

図2 (5) Is the functional threshold power a valid surrogate of the lactate threshold?

Pedro L Valenzuela, Javier S Morales, Carl Foster, Alejandro Lucia, Pedro de la Villa
International Journal of Sports Physiology and Performance 13 (10), 1293-1298, 2018

※LT(≒MLSS)とFTPのパワーはかなり近い数値になる

当然、血中乳酸濃度とパワー(W)ではそれぞれ違う要素を指標としていますので完全に同じになるというわけではありませんが、この数値から非常に近しいものと考えて差し支えないでしょう。

また、MLSSパワーで疲労困憊までサイクリングを行った際の運動持続可能時間は55.0±8.5min(6)という報告もあり、
FTPがMLSSと非常に似ている概念であることもわかります。
(ここではMLSSパワーはVO2maxの71.3±5.2%)

一方で、ランニングベースの研究ではありますが、VO2max相当ランニング速度(v VO2max)での運動持続可能時間は6分前後である模様です。(図3)(2)

図3 (2) Maximal endurance time at VO2max

R HUGH MORTON, VERONIQUE BILLAT
Medicine & Science in Sports & Exercise 32 (8), 1496-1504, 2000
MORTON, RH, and V. BILLAT. Maximal endurance time at VO2max. Med. Sci. Sports Exerc., Vol. 32, No. 8, pp. 1496–1504, 2000

※・Relative velocity% vVO2max100
(=VO2max相当のランニング速度)での運動時、Total time Limit(疲労困憊までの運動時間)の平均が364.9sec
となっている。
・一方で90%v VO2maxでは実に6人もの対象者が疲労困憊まで運動をしてもVO2maxに到達できていない。


この辺りは個人差の大きい部分であり、±25%程度のブレはあるようですが、その他の研究でも概ね6分程度とされています。(7)

また、厳密にはVO2maxパワーでのサイクリングでは少々結果が異なる可能性もありますが、ランニング・サイクリング間の高強度運動時のVO2レスポンスを調査した結果、
疲労困憊までの時間がほぼ同程度だった
(ラン297±15sec vs サイクリング298±14sec)という報告もあり、大きく変わるということはないでしょう。(8)

このように、FTPとVO2maxで対象としている時間まるで違うのです。
1時間キープできるパワーの目安で、ワーク時間3分のインターバルを上手く組むのは最適とは言い難いでしょう。


さらに強度の面からもみてみましょう。

とある研究ではMLSSパワーはVO2maxパワーの85.1±4.2%程度とされています。(9)

この研究の対象者はVO2max(最大酸素摂取量)67.6±7.6ml/kg/minとアマチュアとしてはかなり高いトレーニングステータスを有していたため、多くの人では実際のMLSSパワーはもっと低く、75-80%VO2maxパワー程度にとどまることも考えられます。

先述のようにMLSS≒FTPですから、
FTPも同様にVO2maxパワーの75-85%程度
であることが想定されます。

ということは、時間だけでなく強度面から見てもFTP106-120%ではVO2maxパワーとしては低すぎる、あるいは使えたとしても非効率的なトレーニングメニューを生み出してしまう、という危険があるのです。

さらに補足しますと、短時間パワー(いわゆる無酸素容量)が高い選手ではVO2maxパワーは高く、FTPは低め、という特性を有していることもよくあります。
この場合FTPベースのでインターバルを作ってしまうと、メニューの強度が一層低くなり、刺激が不十分となる可能性は更に高くなります。

極め付けに、VO2maxパワーを推定するPPOテストはほとんどの場合、FTPテストよりずっと短い時間で終わります。

だんだんと、PPOテストやってみてもいいかな?という気持ちになってきませんか?

VO2max滞在時間 = L5で踏んだ時間ではない


さて、ここまでで既にFTPベースのL5が実際のVO2maxパワーと比較して精度の低いものであることはお分かりいただけたでしょう。

残念なことに
「FTPベースのVO2max(L5)で10分踏んだからVO2max滞在時間も10分」
と誤解している方を周りでもよく見かけます。


先述のように強度が不十分だと限界まで運動を続けてもVO2maxにそもそも到達できないこと、更に強度的にはクリアしていても(>100%VO2max)、酸素摂取量が最大付近まで到達するには運動開始から少しラグがあることも知られています。(10)

これらを考慮すると、
「L5で過ごした時間がダイレクトにT at VO2maxではない」
ことは明確、と言えるでしょう。

全ての人にインターバルを
この理想を実現するためにはやはり、
T at VO2max(VO2max滞在時間)とどのように向き合うか、それを示さねばなりません。

非常に難しい課題ですが、次回はそちらを解説していこうと思います。

今回も読んでいただき、ありがとうございました!



参考文献

(1)Science and Application of High-Intensity Interval Training: Solutions to the Programming Puzzle (English Edition)

Paul Laursen,Martin Buchheit

(2) Maximal endurance time at VO2max

R HUGH MORTON, VERONIQUE BILLAT
Medicine & Science in Sports & Exercise 32 (8), 1496-1504, 2000
MORTON, RH, and V. BILLAT. Maximal endurance time at VO2max. Med. Sci. Sports Exerc., Vol. 32, No. 8, pp. 1496–1504, 2000

(3)Determination of the velocity associated with the longest time to exhaustion at maximal oxygen uptake

VL Billat, Nicolas Blondel, Serge Berthoin
European journal of applied physiology and occupational physiology 80, 159-161, 1999

(4) Lactate threshold concepts
How Valid are They

Oliver Faude, Wilfried Kindermann, Tim Meyer
Sports medicine 39 (6), 469-490, 2009

(5) Is the functional threshold power a valid surrogate of the lactate threshold?

Pedro L Valenzuela, Javier S Morales, Carl Foster, Alejandro Lucia, Pedro de la Villa
International Journal of Sports Physiology and Performance 13 (10), 1293-1298, 2018

(6) Why does exercise terminate at the maximal lactate steady state intensity?

Bertrand Baron, Timothy D Noakes, Jeanne Dekerle, Farouck Moullan, Sophie Robin, Régis Matran, Patrick Pelayo
British journal of sports medicine 42 (10), 828-833, 2008

(7)Significance of the Velocity at V̇O2max and Time to Exhaustion at this Velocity

L Véronique Billat, J Pierre Koralsztein
Sports medicine 22, 90-108, 1996

(8) Oxygen uptake kinetics during severe intensity running and cycling

David W Hill, Jennifer N Halcomb, Emily C Stevens
European journal of applied physiology 89, 612-618, 2003

(9) Oxygen uptake kinetics and time to exhaustion in cycling and running: a comparison between trained and untrained subjects

F Caputo, MT Mello, BS Denadai
Archives of physiology and biochemistry 111 (5), 461-466, 2003

(10) The relationship between power and the time to achieve VO2max
David W Hill, David C Poole, Jimmy C Smith
Medicine & Science in Sports & Exercise 34 (4), 709-714, 2002

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