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紫陽花から蛇

最初は、ロープか何かかと思った。
それは、川縁の紫陽花の茂みからその長い体を宙に突きだし、うごめいていた。

その透明感のある、青みがかった緑色に、わたしは息子の手を引いたまま一瞬、見惚れた。
次の瞬間、それに目鼻があることに気がついた。

「……蛇!」

みっともないくらい大声で叫んでしまった。
息子も自分も噛まれたらと思うと軽くパニックになった。何しろ至近距離だったのだ。

へび! へび! と連呼していると、蛇はゆっくりと頭の向きを変え、紫陽花の茂みの中に姿を隠してしまった。

帰宅して、鼻息荒く夫に報告した。
自粛生活終盤の週末、わたしは息子との0密散歩を、夫は娘との室内遊びを担当していたのだ。

「ああ、アオダイショウだね。まだ出るんだね、このへん」
夫は事もなげに言った。
彼の実家の庭に昔ときどき現れたというのは、たしかによく聞かされていた。

義父はアオダイショウに噛まれたことがあるという。
毒を持つ蛇ではないが、野生の鼠などを捕食している可能性があるため、破傷風を恐れてすぐに注射を受けに行ったとか。

その翌日は、娘も連れて同じ川縁を散歩した。
「ここ、ここで蛇を見たの、昨日」
どこか得意げに紫陽花の茂みを指し示す。
蛇の気配を探して茂みを覗きこんでみても、それはもう姿を現わすことはなかった。
その翌週も、そのまた翌週も。

脱皮したばかりだったのだろうか。あの何ともいえない、透き通るような青緑色。つやりとした光沢。
怖いのに、噛まれたくないのに、また会いたいと強く願っている自分に気づく。

今度はもう、叫ばないから。静かに心で話しかけるから。
だから、もう一度出てきてくれないか。


ぴっちりとマスクを着けて眺めれば自粛できない若葉が萌える     柴田瞳

生きているうちに第二歌集を出すために使わせていただきます。