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夏のせい

先日テレビを見ていたら、性暴力の特集が組まれていた。性暴力とは、同意のない性行為の全てを言うらしい。

私の初体験はそれだったことに、その時気が付いた。



相手と知り合ったのは私が高校一年生のとき。高校入学と同時に携帯電話を買ってもらい、当時流行っていたSNSを始め、そこでその人と知り合った。三歳年上で、他県から私が住む県(隣の市)の大学に入学するために引っ越して来たばかりだというTさん。メールだけでもかなり面白い人で、好きな音楽やアニメの話、私が当時付き合っていた人に送るお別れメールを添削してもらったり、たまに電話をしたり。そんなやりとりが三年続いた。


私は高校を卒業後、Tさんが住んでいる市の専門学校へ進学し、一人暮らしを始めることになった。そのことを報告すると早速「会おうよ!」と言ってくれた。私も会いたかったので嬉しかった。もちろん下心なんてお互いにないと思っていた。


そのとき私には、高校を卒業する直前に付き合い始めた恋人がいた。その彼は関東の大学に進学したので付き合ってすぐに遠距離恋愛になってしまったけど、たまにスカイプでテレビ電話をしてくれた。でもだんだんサークルや勉強が忙しくなったのか、一週間以上LINEの返事が来ないのがざらになった。彼も大学で異性の友達と遊んだりしてるんだからと思って、Tさんと会うことは言わなかった。


初夏、ついにTさんと会う日がきた。待ち合わせは夕方に駅前。Tさんがベンチに座っているのがすぐに分かったけど緊張で話しかけられず「どうしよ〜〜〜」とうろうろしたあと、意を決して話しかけると「やっぱりうろうろしてたのうみちゃんだよね?」と笑われてめちゃくちゃ恥ずかしかった。


写真で顔を見たことはあったけど、実際に会うと思っていたより優しい笑い方をする人で、身長が高くて体格もよかった。Tさんが予約してくれていた居酒屋に行き、半個室に案内された。私は居酒屋でお酒を飲むのが初めてで、そのこと伝えると飲みやすいお酒を教えてくれた。バイト先で看護師に逆ナンされたという自慢話を聞いたり、私の恋人の話をしたり、テラスハウスの話をしたり、Tさんと話してると楽しくて、面白くて、私はずっと笑っていた。これはモテるわ〜と思っていると、いきなり「キスしていい?」と聞かれた。「恋人いるので無理ですよ」と返した。びっくりした。


次々とお酒を頼まれ、初めての居酒屋なのに気付くと6.7杯飲んでいて、急な吐き気に襲われトイレに駆け込み大量に吐いた。その後はずっとふわふわして視界も左右に揺れていて、またトイレに駆け込み吐いた。会計はTさんが払ってくれて店を出た。私は絵に描いたような千鳥足で、Tさんが支えてくれてやっと駅に着くと、私をベンチに座らせコンビニで水を買ってきてくれた。そこで別れる予定だったけど、心配したTさんがタクシーで私の部屋まで送ってくれることになった。私はそのときほとんど意識はなく、Tさんに身を委ねることしかできなかった。


私が住んでいたアパートの前に着いて、Tさんがタクシーの運転手に、私を部屋まで送る間待っていてくれるかと聞くと、何かと理由をつけられ待てないと行ってしまった。私のことを部屋まで送るついでに、録画してると話していたテラスハウスを見たいと言われ断れなかった。ふらふらしながら溜まったゴミを急いでベランダに出しTさんを部屋に上げた。電気とテレビを付け2人で布団に座りテラスハウスを見ていると、途中でTさんが電気を消した。私はだんだん眠くなりうとうとしていると、また「キスしていい?」と聞かれた。酔いと眠気で何も考えられず、答えないでいるとTさんが唇を重ねてきた。私のファーストキスだった。私は相変わらず何も考えられないまま、されるがままだった。いつの間にか服を脱がされ、身体を触られた。それが気持ちよかったかどうかはわからないけど、抵抗はできなかった。そしてゴムを付けずに挿入しようとしてきた。朦朧とする意識の中でもそれはやばいと思い「ゴム付けないんですか?」と聞くと「ゴム持ってたら初めからそういうつもりだったみたいじゃん」「俺、妊娠させたことないから大丈夫だよ」とのこと。「ほえー」としか思えなくて、結局そのまま挿れられた。めちゃくちゃ痛かった。トイレに行ったら血が出ていた。その後いつの間にか眠ってしまった。


眠りから覚めるとTさんはベランダで煙草を吸っていた。たしか黄色のアメスピ。私はまだ頭がぼーっとしていた。本棚にあったNICOのDVDを借りたいというので貸して、Tさんを駅まで送った。その途中にまぜそばをご馳走してくれたけど、あまり喉を通らなかった。そのときのTさんは、前日とは打って変わってあまり話さなかった。私の顔色を窺っていたんだろうか。ただの二日酔いだろうか。


部屋に帰ると煙草の匂いがまだ残っていた。鏡で自分の顔を見ると青白い顔をしていた。私は浮気をしてしまったのだ。私は自分が浮気をするような人間だとは思っていなかった。でも私は浮気をしてしまった。浮気をしてしまった....。罪悪感に襲われしばらく動くことができなかった。携帯を見るとTさんから「ごめんね」とLINEが来ていた。私は何と返したのだろうか。パソコンを開くと恋人からスカイプに着信が入っていた。私が初めて会った男に抱かれている時、彼は私を想い連絡してくれたのだと思うと身を切り裂かれるような思いだった。


その頃クリープハイプの「ラブホテル」という曲がリリースされた。

「会ったら飲んでデキそうな軽い女に見られて 吹いたら飛んで行きそうな軽い男に言われた」

自分のことを言われているようでとても胸を締め付けられた。


数ヶ月後、お互いに行っていたライブの帰りに、友達に付き添ってもらって貸していたDVDを受け取った。それがTさんに会った最後。そのとき紙袋に、DVDと一緒にチョコレートが入っていた。


少し時間が経って、Tさんから「あの時本当は付き合いたかったんだよ」といった内容のLINEが届いた。本当かどうかはわからないけど、そのとき私には新しい恋人がいたので適当に受け流した。



今でもTさんに最初からそういう気があったとは思っていない。想像以上に潰れてしまった私の事を介抱してくれて、家まで送ってくれて、でもタクシーが待っていてくれなかった。Tさんも酔っていたし、少し距離のある駅まで歩くのはしんどくて泊まるしかないと思ったのだろう。


でも、私は性行為に同意をしていない。酔う前にはちゃんと断っていた。


恋人に黙って初対面の男性と居酒屋に行き、潰れるほど飲んでしまった自分も悪い。


あれから数年後、Tさんは就職で戻った地元で授かり婚をした。妊娠させたことないって言ってたのにな。無事に産まれた赤ちゃんをインスタグラムに載せていて、幸せそうだった。それから少し経つと、ずっと繋がっていたインスタグラム、ツイッター、Facebookのアカウントが消えていた。多分、家族に対する誠意なんだろう。とても良いことだ。でもなんだか少し寂しいような気持ちにもなった。思い返せば高校一年生の時から五年以上繋がっていたのだ。


Tさんに対して怒りや憎しみなんていう気持ちはひとつもない。ただ、当時の恋人に対する罪悪感と、自分が浮気をしたことがある人間だというレッテルは一生消えない。


そんな、今から何年も前のことを、待ち合わせした場所を通る度に、テラスハウスを見る度に、アメスピの匂いを嗅ぐ度に、クリープハイプのラブホテルを聴く度に思い出し、同じ過ちはしないと神に誓うのだ。



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