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しゅっ


 ええっと……昔、付きあってた彼氏のことなんだけど。

 もう10年くらい前のことなんで、忘れちゃってることとかもあると思うんだ。
 それに幽霊とかは出てこないし、怖くもないし、どっちかっていうと不思議系の話なんだけど、大丈夫かなぁ?
 あ、大丈夫? うん、それなら、よかった。


 当時、わたし、整体のお店に勤めてて。
 ううん、本格的な整体院じゃくて、民間の、なんて言うの? リラクゼーション? マッサージ? そんな感じのお店。10分あたり900円で、お客さんの肩とか腰を揉むの。
 だから、アンマ、マッサージ、シアツシ……? ジュウドウ、セイフクシ……? そんな難しい国家資格なんて、持ってないよ。

 それでね、中学生の娘と二人で暮らしてたの。
 知ってる? 西のバイパス沿いにできた新しい市営住宅。そう、あのでっかいマンモス団地に住んでた。

 そこの市営って、新しいから部屋も広くてキレイで、住み心地はよかったんだけど、けっこう家賃が高かったのね。

 整体の仕事は、正社員の人たちが平等に休みを取るための穴埋め要員みたいな感じで。わたしはパート扱いだったから、手取りが12万くらいしかなくて、生活はカツカツ。

 正社員になりたくてもなれなかったの。経験がない、資格がない、学歴がないって理由で。わたしがいたお店の正社員はみんな、専門学校を出てたり、よそのお店で経験を積んでたり。

……で、12万の手取りじゃ、カツカツっていうか。食べたいものも食べれないし、必要なものも満足に買えないし、美容院にも行けない。

 だから夜、家に帰って娘と晩ご飯を食べたあと、ラブホの清掃員をやってた。
 週に5日、夜中の1時くらいまで。
 まだ三十代の前半だったから、無理ができたんだよね。

 で、彼氏とは、そのラブホの仕事してたときに出会ったの。
 向こうもダブルワークで、昼の仕事が終わったあとバイトに来てた。
 わたしより2歳下で、別居してる奧さんがいたんだけど、シフトの関係で顔をあわせることが多かったから、いろいろしゃべってるうちに自然と仲よくなっちゃって。
……まあ、なるようになった感じかな。

 付きあいはじめて3ヶ月くらい経った頃、彼氏が独立して、エアコンのクリーニングや取り付け工事、修理なんかをする仕事をはじめたのね。
 全国チェーンの家電量販店の下請けなんだけど、そこそこの収入になるんだって言ってた。

 それで、「これからのシーズン、週末と祝日はめちゃくちゃ忙しくて、自分ひとりじゃ手が回らない。バイトくんが休みの日だけでいいから手伝ってほしい」って頼まれて。
 日当は1万円。
 土日祝日は娘も学校の部活でいないことが多かったから、ラブホのシフトを減らして手伝うことにしたの。正直、身体はきつかったけど。

 でもわたし、体力はあっても腕っぷしは強くないし、機械にも弱いし。
 何を手伝えばいいんだろ、って思ってたんだけど、現場を見て分かったんだ。

 彼氏、けっこう大柄っていうか……ぶっちゃけ、おデブだったのね。
 室外機を取り付ける場所が狭いと、ふくよかな身体が邪魔になって仕事ができない。だから小柄なわたしに声を掛けたんだな、って。

 でも彼、おデブくんだけど清潔感があって、動作もキビキビしてたから、体型のことはぜんぜん気にならなかったな。


 はじめての現場は、坂の途中にある古い民家だった。
 細い路地に面して建ってるから、隣りの家とのあいだの、「絶対に1メートルないでしょ」ってくらいの隙間に室外機を置かなきゃならなくて。

 一瞬「無理でしょ」って思ったけど、その頃の最新型のエアコンて、本体も室外機もすごくコンパクトになってたから、室外機そのものは問題なく置けそうな感じだった。
 問題は彼氏。室外機を抱えてたんじゃ、どう見ても、そこの隙間に入るのは不可能だったの。

 だからてっきり、わたしがその隙間に降りて、室外機を据え付けなきゃならないんだろうなぁ……って思っていたら。

「取り付けは俺がやるから。室外機を運んでるあいだに、ホースをテープで巻いててくれる?」
「え? ……って、大丈夫なの? ここ、すごく狭いよ?」
「うん、大丈夫」

……でも、どう見ても無理なのね。

 彼の身体の厚みで隙間が埋まってしまいそうで、室外機を持っていたんじゃ、どうしたって入れない。
 お腹を思い切り引っ込めて、無理やりに入ったら入れないことはないかもだけど、そうしたら壁と室外機のあいだに完全にまってしまって、身動きが取れなくなるのが眼に見えてる。

「ちょっと! やめたほうがいいって!」

 わたしが止めるのもきかず、彼は外に出ていったの。
 もう仕方ないから、言われたようにダクトホースをテープで巻きながら、開いた窓から様子を見てたんだけど。

 そしたらね。
「しゅっ」――って。

 室外機を持った彼の胴体が、「しゅっ」って、縦に細くなったの。
 細くなって、易々やすやすと隙間に入っていく。

 ううん、見間違いじゃない。二度見どころか、何度も、何度も見たんだもの。
 ほんとに! ほんとに細くなったんだってば!

 そうして室外機を置くと、「テープ、巻けた? じゃ、ホース、こっちに渡して」って、細長い身体で隙間に立ったまま、平気な顔で言うのよ。

 わたし、びっくりして固まってて。
 慌ててテープを巻いたダクトホースを渡すと、彼、手際よく取り付けて、隙間から出てきた。

 そしたら、その瞬間に「しゅっ」って、元のおデブ体型に戻ったの。

 そりゃあね、怖かったよ。けど、黙ってることができなくて。
 仕事を終えたバンの中で、自分が見たことを説明して、「どういうことなの?」って彼にいたら、

「ああ、俺ね、生まれつき身体が柔らかいんだ。それに、筋肉が少ないっていうか、水太りタイプのデブなんだと思う。だから腹に力を入れると、けっこう狭い場所でも入れちゃったりするんだ。自分でも不思議だけどね」

 何でもないことみたいに言って、笑ってた。


 それでわたし、調べたの。
 関節が柔らかくて水太り体質の人だと、ほんとに彼みたいに体型を変化させることができるのか、どうなのか。

 そうしたらね、シェイプ・シフターっていう存在に行き当たって。

 うん、よくゲームとか、映画とかで見るアレ。
 いろんな姿に変身できる妖怪? 宇宙人? みたいなの。

 で、それが想像上のものじゃなくて、実際にいる――って話が、ネットや本に載ってたの。
 ごく普通の人間の姿をして、ごく普通に学校や会社に行って、結婚して家族を作って、社会に紛れて暮らしてるって。

 それ読んで、わたし、もしかしたら……って思っちゃって。
 彼のあんな姿を見る前だったら、絶対にそんな非常識なこと、考えなかったよ。

 でもやっぱり……
 信じられなかったし、信じたくなかった。

 そりゃ動物になったり、ぜんぜん別人の見た目になったりするのは現実的じゃないけど、身体の厚みとかを少し変えるくらいだったら、できる人はいるんじゃないかって。
 別に妖怪や宇宙人じゃなくても。普通の人間でも。

 だから、その、特殊な……特異体質? ……みたいなものだと思うことにしたのね。

 奧さんはいるけど、彼、穏やかで優しい性格だったし、好きだったから、こんなことで関係を壊したくなかったし。
 それに、ただの付き添いみたいな感じで、たいした仕事もしてないのに、1万円も払ってくれる彼の気持ちも、嬉しかったし。


……でも、それから何度も何度も、細くなったり太くなったりする彼を見てると、だんだん気味が悪くなってきて。

 なんか、彼が人間に見えなくなってきちゃったの。
 自分でも酷いな、って思うけど……でも、どうしようもなくて。

 
 けっきょく、エアコンの仕事を手伝うようになって、半年くらいで別れたんだ。
 彼を生理的に受け付けなくなってしまって。

 ほんとにいい人だったし。
 奧さんとケリをつけて、わたしと正式に結婚したいとまで言ってくれたんだけど。

 でも……どうやっても、無理だったな。


★ photo ⇒ すしぱく(ぱくたそ)




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