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クイックターン ー魚になる瞬間ー

高校に進学して、ひょんなことから水泳部に入った。

中学と同じ軟式テニス部に入ろうと思っていたけれど、いざ入学したら硬式テニス部しかなく、しかも県内有数の強豪校だった。ゴリゴリの体育会系の練習を見学し、「これは無理。」楽しい高校生活を想像してたのに、入学早々出鼻をくじかれた。

各部の入部期限が近づくなか、ある日、隣のクラスの女子が教室にやってきて「水泳やってたんだって?」と声をかけてきた。

「うん。」小学生のころ、隣町のスイミングスクールへ通っていた。タイムはけして速くはないけれど、4種目ひと通り泳げる。「一緒に見学に行こう」と誘われた。

見学といってもまだ4月なので、プールは青く濁ったまま。部員は2年生の男子4人と、引退間近の3年生の男子2人。それと、女子マネージャーが1人。そう、男子だけの部。

初心者歓迎、記録を本気で狙うもよし、そうでなくてもよし。自主的に、楽しく活動しようというスタンスの、体育会系の中でもかなりゆるい部だった。

これだという決め手があったわけではなくて、ただなんとなく。自由な時間が多そうだし、やめても別にいいや、そんな軽い気持ちで誘ってくれた子と一緒に入部した。

結局、その年の新入部員は女子7人と男子1人、女子マネージャー2人。一気に女子が過半数を超えた。入部してすぐの5月の連休にプール掃除があり、まだ水温が低いうちから練習が始まった。

春から秋口にかけてのシーズン中は、部長が作成した個別の練習メニューをそれぞれのペースでこなしてゆく。

顧問の先生は、大会の時以外練習には現れない。授業が終わってから毎日、各自3,000〜4,000メートルを淡々と泳いで、その後個人練習をしたり、プールサイドや部室でおしゃべりしたり。そして、午後6時か6時半の電車で帰る。

基本的に競泳は個人競技なので、人見知りで団体競技が苦手なわたしには合っていたと思う。

ただ、先輩たち(全員男子)と話すのが、どうにも苦手だった。

4人の先輩たちは、みな水泳の経験者で、惚れ惚れするくらい飛び込みも泳ぎも上手だった。

そして女の子が好き。ちょっとエッチで、練習が終わったうす暗い部室でよくみんなで山手線ゲームやせんだみつおゲーム、探偵と殺し屋(今はウインクキラーというらしい)などの心理ゲームをして遊んだ。部内で先輩と付き合う子もいた。

おふざけばかりしていて、帰るのがいつも遅い先輩たち。なのに競技大会では、個人戦でも団体戦でもたくさん入賞する。

しかも頭が切れて、定期テストではみな上位に名を連ねる。だからもちろん、女子にとても人気があった。難関大学に合格し、かっこよく卒業していった。今思えば、切り替えだったり時間の使いかたがとても上手だったのだな。

わたしはノリが悪くて、他の女子部員のように先輩たちとわいわい冗談を言いあうこともなくて、いつも端っこにいたし、なるべく話したくないし、隙あらばさっさと帰るし。かわいげのない後輩だったと思う。

正直なところ、部活にものすごくのめり込んだわけではない。居心地もよかったとは言えない。ただ、泳ぐのが楽しかった。

水の中は、とても静かだ。耳の奥で聴こえるのは、ぽこぽこ、ぽこぽこと、鼻や口から吐き出した自分の息があぶくになった音だけ。雑音なんて、どこにもない。

そして目の前に見えるのは、明るい水色の壁と、手や足を掻いたことで生まれる、無数の泡。

とくに、クイックターンをした瞬間に目の前に広がる景色が好きだった。

クイックターンは、自由形のターンの時にプールの壁の間際で身体をとんぼ返りさせ、足で壁を蹴って折りかえすこと。

お辞儀をするように自分の頭を下げて水の中で半回転する。勢いよく回る瞬間、目の前に見えるのは自分の膝小僧とたくさんの泡。そして、回転しながら壁を蹴り、水面を斜めに見上げると、太陽の光がキラキラ明るく反射していて眩しかった。

泳ぐのはじょうずでも、速くもなかった。

けれどターンをするときは、まるで自分が魚になったような気分になる。

 

プールの中は自分の呼吸する音以外、何も聞こえない。見えるのは、鮮やかな水色と白いあぶく。水面に上がる時の、ふわりと体が浮く感覚。

ひとりだけの世界。わたしだけの世界。


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画題 きみがいた夏


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まつおさんの企画「画家 ゆめの×エッセイ【ゆめのおもひ】」に参加させていただきました。

ゆめの
せかいが

おもひに
ふれる

ゆめの
せかいから

おもひが
あふれる

かんじた
ことを

うかんだ
おもひでを

ただ
つらつらと

かき
つらねよう

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