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クリスタルとクライミングローズ

私は海辺を歩いていた。
空はどんより鉛色。
海の色も空の色を映していた。 
風もなく 強いて言えば生暖かい空気が
たまに頬を触る位。
潮の匂い?波の音?砂の感触?
全く感じない。

何か目的があるわけでもなく
そこを歩きたいと言う理由があるわけでもなく
気がついたら ただ歩いていた。

そう 
夢の中にいるよう。
いえ 
きっとここは夢の中。

海を眺めていると
一瞬 光るものに目を奪われた。
その光るものは波に打ち寄せられ 
私の足元までやってきた。
 
くすんだ器だった。
よく見るとあちらこちらにぶつかって来たのか
小さい沢山の面が出来ていたのがわかった。
その面が 雲からたまに出る太陽に反射して 光って見えたのだろう。

触れてみたい気持ちを我慢し 後ろに手を組んで
上から横から眺めてみた。

首を傾げる度に、顔の横を髪の毛がスルスルと下りてきて、浜風がそっとその髪に悪戯をした

くすんではいたが
硝子の器だった。

長い間に削られて出来たと思われるその面は
時折 雲から覗かせる太陽の光を反射させ
私を魅了した。

私は毎日その器を見に行った。
太陽の当たる角度によって色やその輝きが
違っていた。 

おはよー
今日は寒いわね

ただいま~
今日は失敗しちゃったわ

良い事があったの
聞いてくれる?

なーんて
距離を少しおいて話しかけているうち
その器に 意思がある事に気づく。

器は私の話を静かに聞いてくれる。
時には笑い
時には励ましてくれ
時には一緒に喜んでくれたり。

私は器のくすみの中に無数の傷をみた。 
浅くて長い傷
中心部まで到達していそうな深い傷
同じ所に重なる様についた傷
傷がない所を探すのが難しい位の傷だらけの体。
でも不思議な事に
輝きにも似た何かも見える。

くすんだ器は日を追うごとに輝きを増していく。
無数の傷すらも輝きの一つとして
身にまとっているかのようだ。

誰がこのくすみの中にこんな輝きがあることを 知るだろうか。
いや、すぐに見つかる
隠しても隠しきれないオーラ。

私はこの器の前ではいつも体がふわふわして
眠くなる。このオーラにいつまでもいつまでも
包まれていたい。
強くて
優しくて
愛と知恵と勇気に満ち
私はこのオーラの中にいるだけで
なぜか涙が流れてくる。

硝子の器は私に
深くて暗い海の底の話をしてくれた。
その闇のような世界の中で
器はたくさんのものを見
たくさんのものと出合い
信じ難い困難を乗り越えてきた。
そうしてここに辿りついた。 私はこの器に沢山の面と無数の傷がある理由を知った。

私の知らない世界が海の底にあった。この器は
闇に飲み込まれ 魔物と化しても不思議ではない状況の中から這い上がり ものの見事に太陽の光を浴びているのだ。
凄い生命力。
私は魅了されて動けなくなる。

私はこの器の傷を癒やしてあげたいと思ったと同時に 沢山の面をもつこの器をもっと見ていたいと思った。

器は私に問いかける。
『あなたは何故 体の周りを蔦で
覆っているのですか?
見動きがとれず 苦しそうですよ』と。

私は器の言っている事がわからなかった。

器に毎日会いにいくうちに
体が楽になってきた。

器が私を縛り付けている蔦を少しずつほどいていくれていたのだ。
器が言っていた 見動きが取れない とは    蔦によって体を拘束されていたせいだった。

私は楽になったその手でその器を持ち上げてみた。
その時 はじめて
自分には無数のトゲがあるという事を知った。
この傷だらけの器にそのトゲが刺されば
ヒビが入り
やがて砕け壊れてしまう。

私は一体何者なのか
体から生える無数のトゲ。
自分の至近距離に近づくものを拒絶した。

私は1人でいることが好きだった。
誰も傷つけず、誰からも嫌われず、
程よい距離を保って生きていたかった。

ただこの器だけは私を魅了して離さなかった

どれだけの月日が流れたであろう。 

ある日、硝子の器は私に近づき 
こう言った。

『私は強くなる、強くなってトゲだらけのあなたを抱きしめてあげたい』と。

私はこのくすんだ器が
クリスタルであることをしっている。

私はクリスタルに抱きしめられるに
ふさわしい者なのだろうか。

私は 水面に映る自分の姿をはじめて見た。
体にトゲをはやし
蔦でその身を隠すように巻き付けられた私は
何者か。

それでもくすんだ器のクリスタルは
そんな私にまっすぐに、向かってくる。

『好きだ』 と。

私は自分の姿を知っている。
クリスタルは
海の底の闇の中に
目を落としてきてしまっのかもしれない…
動く者を私しか知らないのかもしれない…
ここに辿り着くまでに感覚がおなしくなったのかもしれない。

ある朝 いつものように海辺に向かうと
すごい人だかりだった。

『見つかった…』

私はすぐわかった。

あのくすんだ器クリスタルの  
稀に見る輝きが噂になり脚光を浴びていた。
あの輝き オーラは隠しきれるものではない。

私は 輝きに身をまとったこのクリスタルがいる場所は ここではないことを知っていた。
だから見つかって良かったと思った。
と 同時に ついにこの日が来てしまったかという 寂しい思いも湧いてきた。

クリスタルは すぐ私を見つけ 駆寄って来た。そして この事態の説明をしてくれた。

『長年の夢が叶う。』

クリスタルは
私に言った。

『7つの海を超え
世界をまたにかけた暁には
あなたを向かえにくる』と。

わたしは返事をした。

『私のようなものを迎えに来なくても
世界にはあなたを待つあなたにふさわしい
方がいくらでもいるではありませんか。

クリスタルはそっと私の肩に手を置き
水面に近づけて
『これがあなたですよ。』
目をそらす私にしっかり見るように言った。

こわごわと水面に映る姿を見たとき
息が止まった。

『誰?』

水面に映っていたのは
あの日見た醜いトゲトゲの蔦に絡まった
得体の知れないものではなかった。

『薔薇?
蔓薔薇…は
クライミングローズ』

『これはあなたですよ
自信を持って私を待ってください。
わたしは必ずあなたを迎かえに来ます。
この身が壊れても必ずここに来ます。
そしてここで生涯あなたと共に暮らしたいと思います。』と

止めともなく溢れ流れる涙を見たとき、
はじめて 自分に、心がある事を知った。
自分の存在を肯定した。そしてはじめて
愛し愛されることを知った。
 
わたしはクリスタルに こう答えた。  

『私はあなたのおかげで
自由を知りました。
愛する喜びを知りました。
希望という不確かなものを信じる勇気を
もらいました。
二人が見ている先が同じものだと
確信しました。
あなたが帰ってきた暁には
あなたの中で 
あなたを彩る素敵な花になりたい』と。

今 私が立っている所に
色が付いた。
音が聞こえた。
匂いを感じた
その景色の中に自分が居て良い事を知った。

青い空
その色を写している青い海
潮の香り
時折吹く心地よい風
温かく足にまとわりつく砂
白波とともに聞こえる波の音

時計の針が動き始めた

私は世界に輝くクリスタルの帰りを待とうと思う。そして
このクリスタルの器に生けられるにふさわしい花になろうと思う。
いつの日か このクリスタルに花を添えれる時がくる日のために。

作 如月睦月


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