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《全文無料》【マリーンズ略史 92~05/-54- 1993年NPB記録/リーグ記録/球団記録/珍記録】

(写真 左から球団5000号のメル・ホール、連続試合出場がストップした愛甲猛、14打席連続出塁の南渕時高、南渕と小宮山の日刊スポーツ紙)


(54)1993年 NPB記録/リーグ記録/球団記録/珍記録

 千葉移転2シーズン目の1993年は助っ人にホールが入団しマリーンズ初の30本塁打を記録したが、3号が球団5000号となった。その他、前年に連続フルイニング出場が途切れた愛甲は、連続試合出場を続けていたが6月にこちらも途切れた。

 明るい記録では、2つの日本記録がマリーンズから生まれた。一つはエース小宮山が開幕から6試合連続完投勝利を記録。もう一つは南渕が14打席連続出塁を記録した。

 1993年は数は少ないが、いくつかピックアップしたい記録があったので、今回は1993年のミニ記録集を作成した。

 【球団5000号はホール】※NPB球団7球団目

 4月21日ダイエー2回戦(福岡D)の9回表、メル・ホールが3号を放ったが、これが球団創設以来5000本塁打となった。本塁打が5000本に到達しているのは巨人、中日、オリックス、西武、阪神、ダイエーの6球団。マリーンズは7球団目の到達となった。

 ※5000号までの500号ごとの足跡
★1号…戸倉勝城 1950(昭和25)年3月11日・西鉄1回戦(西宮) 7球団目
★500号…山内和弘 1956(昭和31)4月2日・西鉄2回戦(後楽園) 8球団目
★1000号…榎本喜八 1961(昭和36)年7月9日・東映16回戦(駒澤) 6球団目
★1500号…森徹 1966(昭和41)年5月25日・南海11回戦(大阪) 7球団目
★2000号…アルトマン 1970(昭和45)年5月24日・南海9回戦(大阪) 6球団目
★2500号…アルトマン 1973(昭和48)年5月4日・近鉄4回戦(日生) 4球団目
★3000号…リー 1977(昭和52)年7月29日・南海(神宮) 5球団目
★3500号…有藤道世 1981(昭和56)年4月5日・西武2回戦(川崎) 7球団目
★4000号…西村徳文 1984(昭和59)年8月31日・阪急22回戦(川崎) 7球団目
★4500号…愛甲 猛 1988(昭和63)年6月12日・阪急8回戦(山形県営) 8球団目
★5000号…ホール 1993(平成5)年4月21日・ダイエー2回戦(福岡ドーム) 7球団目

《現在》2002年シーズン終了時点で球団の総本塁打数は「8125本塁打」に達している。

 【小宮山が開幕6連続完投勝利】※NPB、リーグ記録

 5月7日のダイエー4回戦(千葉マリン)で小宮山悟は完投勝利を挙げ、開幕からの連続完投勝利を5試合として、1977年の南海・藤田学、1989年の日本ハム・西崎幸広、1987年と91年の西武・工藤公康の記録に並んでいた。そして、6試合目となる5月13日の近鉄5回戦(日生)に7安打2失点(自責1)で完投勝利を挙げ、パ・リーグ初となる開幕からの連続完投勝利を6試合とした。
 なお、開幕の括りがない「連続完投勝利」記録はNPB記録が1989年の巨人・斎藤雅樹11試合、リーグ記録は1978年近鉄・鈴木啓示の10試合。

 ※小宮山の開幕からの登板試合
 4月
・10日 オリクス 6安打1失点
・16日 西  武 5安打1失点
・22日 ダイエー 5安打1失点
 5月
・1日 西  武 5安打1失点
・7日 ダイエー 7安打2失点
・13日 近  鉄 7安打2失点(自責1)

 【3試合連続完封負け】※球団タイ記録(6度目)

 5月29日の近鉄7回戦(藤井寺)で5安打で0-4と完封負けを喫したが、翌8回戦も2投手リレーで4安打で0-2と連続完封負け。そして、6月1日のオリックス7回戦(秋田)でも3安打で0-1と3試合連続完封負けを記録した。
 3試合連続無得点は、1974年9月23日~26日(この時は後期優勝マジック1となって3試合足踏みした)に喫して以来19年ぶり、球団史上6度目のワースト記録となった。
 なお、NPB記録は1953年に記録した大映の5試合連続。

《現在》直近では2022年4月17日~20日まで記録。

 【愛甲、連続試合出場がストップ】※球団記録

 1987年10月20日から連続試合出場を続けていた愛甲だったが、6月8日の近鉄9回戦(仙台)で出場機会がなく、記録が「694試合」で止まった。
 6月に入り不振に陥っていたが、この試合では終盤の守備での出場もならなかった。当時は西武・秋山幸二の833試合がリーグ記録だった。愛甲の記録はリーグ3番目で止まった。

《現在》現在はリーグ8番目タイ、NPB27番目タイ。現在も球団記録。

 【6年ぶりの1時間試合】

 ※記録は途中コールドゲームを除く

 6月26日のオリックス8回戦(神戸)に試合は0-2で敗れたが、試合は1時間58分で終わった。1時間台の試合は、NPBでは、1990年10月13日の大洋-広島戦(1時間53分)以来。パ・リーグでは1987年10月11日の日本ハム-ロッテ26回戦(後楽園)の1時間58分以来。

《現在》マリーンズでは、1995年6月11日の西武13回戦(西武)で1時間58分を記録。以降、2時間を切った試合はない。

 【佐藤幸彦、1試合4犠打のタイ記録】※NPB、リーグともにタイ記録、球団記録

 7月9日の西武13回戦(西武)。スタメンは当て馬で2番白武だったが、1回表に代打として佐藤幸彦が登場。その打席で犠打を決めると、以降3打席も犠打を決め、1試合4犠打を記録した。
 当時は球団史上最多。NPB5人目、リーグ3人目の記録だった。

《現在》現在も1試合4犠打が最多記録。NPBでは8人、リーグでは3人が記録。

 【南渕時高、14打席連続出塁の新記録】※NPB記録

 このシーズン、調子が今一つだった南渕時高だったが、7月16日の近鉄12回戦(千葉マリン)の第1打席で二塁打で出塁すると以降の2打席は四球で出塁。その後も連続出塁を続け、オールスター期間を挟んで4試合にまたがり、25日・ダイエー16回戦(福岡D)の第1打席で四球を選び、東映・張本、阪神・田淵、阪急松永に並ぶ、日本タイ記録となる13打席連続出塁を達成。そして、3回表の第2打席でも四球を選んで出塁、NPB記録となる「14打席連続出塁」を達成した。

◆7月16日・近鉄12回戦(千葉マリン)9番・ショート
1打席)第1打席(3回裏)…二塁打
2打席)第2打席(5回裏)…四 球
3打席)第3打席(7回裏)…四 球
◆7月18日・近鉄13回戦(千葉マリン)2番・ショート
4打席)第1打席(3回裏)…四 球
5打席)第2打席(5回裏)…四 球
6打席)第3打席(6回裏)…四 球
◆7月24日・ダイエー15回戦(北九州)2番・ショート
7打席)第1打席(1回表)…四 球
8打席)第2打席(3回表)…四 球
9打席)第3打席(4回表)…中前打
10打席)第4打席(5回表)…左前打
11打席)第5打席(7回表)…四 球
12打席)第6打席(9回表)…右前打
◆7月25日・ダイエー16回戦(福岡D)2番・ショート
13打席)第1打席(1回表)…四 球
14打席)第2打席(3回表)…四 球

第3打席(5回表)…三 振

《現在》2013年4月、広島・広瀬純が15打席連続出塁を記録しNPB記録。14打席は3選手が記録している。リーグでは日本ハム・小笠原が2003年に14打席を達成し、南渕の記録は現在もリーグタイ記録。

(次回)⇒『(55)「神話」と「ナイト」の勝負強さ・フランク ボーリック


----- マリーンズ略史 92~05 INDEX ------

 【年度別出来事編】

【~1991(平成3)年】
(1)《全文無料》『千葉移転前夜』
  (25)《全文無料》 オリオンズ~マリーンズ ファンクラブ略史
【1992(平成4)年】
(2)《全文無料》『千葉移転元年 4月ダッシュも最下位に沈む』
  (42)《全文無料》移転直後の快進撃
  (57)《全文無料》5試合で4完封
【1993(平成5)年】
(3)《有料・冒頭試読》『最下位脱出も大差の5位に低迷』
  (54)《全文無料》1993年 NPB記録/リーグ記録/球団記録/珍記録
【1994(平成6)年】
(4)《有料・冒頭試読》『八木沢監督休養、2年連続5位に終わる』
  (60)《全文無料》1994年 NPB記録/リーグ記録/球団記録/珍記録
1995(平成7)年
(5)《有料・冒頭試読》『球団改革断行、千葉移転後初のAクラス』
  (21)《全文無料》風しん蔓延で主力が消えた14日間
  (45)《全文無料》胴上げ阻止、神戸3連戦
【1996(平成8)年】
(6)《有料・冒頭試読》『投手充実も、得点力不足否めず5位低迷』
【1997(平成9)年】
(7)《有料・冒頭試読》『中盤反攻も迫力不足否めず最下位に沈む』
【1998(平成10)年】
(8)《有料・冒頭試読》『18連敗「七夕の悪夢」もチーム力は向上気配』
  (20)《全文無料》なぜ18連敗を喫したのか?
  (22)《全文無料》ユニホーム応援が広がったのはロッテから
  (33)《全文無料》黒木2冠と小坂の盗塁王騒動
【1999(平成11)年】
(9)《有料・冒頭試読》18年ぶり「七夕首位」も、連敗喫して4位低迷』
  (18)《有料・冒頭試読》熱く育てた山本監督の5シーズン (1999年~)
  (28)《全文無料》18年ぶり首位「七夕の歓喜」狂騒曲
  (38)《全文無料》前半快進撃支えた「ボーリック神話」(1999年)
【2000(平成12)年】
(10)《有料・冒頭試読》『4月出遅れ5割届かず5位低迷』
  (52)《全文無料》乱打戦で連夜の日本タイ記録
【2001(平成13)年】
(11)《有料・冒頭試読》『世代交代、福浦首位打者、小林雅パ記録もエース後半離脱』
【2002(平成14)年】
(12)《有料・冒頭試読》『開幕11連敗が響き借金5の4位に終わる』
  (39)《全文無料》あわや、開幕連敗記録に王手
【2003(平成15)年】
(13)《有料・冒頭試読》『終盤に先発安定、9月快進撃も4位で山本監督辞任』
  (47)《全文無料》2003年 NPB記録/リーグ記録/球団記録/珍記録
【2004(平成16)年】
(14)《有料・冒頭試読》『ボビー復帰、新制度プレーオフ進出に0.5ゲーム差』
  (17)《有料・冒頭試読》「ボビーマジック」とは何だったのか(2004年)
  (19)《有料・冒頭試読》巻き込まれた、球界再編騒動
【2005(平成17)年】
(15)《有料・冒頭試読》『プレーオフで逆転優勝、阪神破り31年ぶり日本一』
(16)《全文無料》(付録)『ポストシーズン詳細、二軍合わせて6冠王者成』
  (49)《全文無料》45年ぶりの12連勝(2005年)
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 【選手編/投 手】

(23)《有料・冒頭試読》チーム支えたエースの苦悶・黒木知宏(1995~2007年在籍)
(26)《有料・冒頭試読》ルーキーからフル回転左腕・藤田宗一(1998年~2007年在籍)
(27)《有料・冒頭試読》低迷期支えたエース、復帰後はリリーフで日本一・小宮山悟(1990年~1999年、2004年~2009年在籍)
(30)《有料・冒頭試読》抑えの切り札への道・小林雅英(1999年~2007年在籍)
(32)《有料・冒頭試読》マリーンズ初タイトル剛腕エース・伊良部秀輝(1988年~1996年在籍)
(35)《有料・冒頭試読》強気なマウンド、マリーンズ初代クローザー・河本育之(1992年~1999年在籍)
(37)《有料・冒頭試読》マリーンズ初の最優秀救援投手から手術へ…・成本年秀(1993年~2000年在籍)
(40)《有料・冒頭試読》7年目のブレーク「サンデー晋吾」(1994年~2013年在籍)
(43)《有料・冒頭試読》先発の柱サブマリン・渡辺俊介 (2001年~2013年在籍)
(44)《有料・冒頭試読》中継ぎ切り札から先発の柱へ・小林宏之(1997年~2010年在籍)
(47)《有料・冒頭試読》絶対的エースの信頼・清水直行 (2000年~2009年在籍)
(50)《有料・冒頭試読》球団創設年以来55年ぶりの快挙・久保康友(2005年~2008年在籍)

 【選手編/打 者】

(24)《有料・冒頭試読》二軍成長記・福浦和也(1994~2019在籍)
(29)《有料・冒頭試読》打線を支え愛された背番号6・初芝清(1989年~2005年在籍)
(31)《有料・冒頭試読》オリオンズ最後の戦士・堀幸一(1989年~2009年在籍)
(34)《有料・冒頭試読》マリーンズ初の新人王、盗塁王・小坂誠(1997年~2005年在籍)
(36)《有料・冒頭試読》「14打席連続出塁」の大記録樹立・南渕時高(1990年~1997年在籍)
(41)《有料・冒頭試読》裏から支えたバイプレーヤー・諸積兼司(1994年~2006年在籍)
(48)《有料・冒頭試読》千葉で途切れた連続記録・愛甲猛 (1981年~1995年在籍)
(51)《有料・冒頭試読》オリオンズ最後のタイトル・平井光親 (1989年~2002年在籍)

 【選手編/助っ人】

(53)《有料・冒頭試読》中4日のタフネスエース・ネイサン ミンチー(2001年~2004年在籍)
(54)《有料・冒頭試読》「神話」と「ナイト」の勝負強さ・フランク ボーリック(1999年~2002年在籍)
(56)《有料・冒頭試読》安定感抜群の助っ投・エリック ヒルマン(1995年~1996年在籍)
(58)《有料・冒頭試読》 窮地を救ったストッパー ブライアン・ウォーレン(1998年~2000年在籍)
(59)《有料・冒頭試読》「いつか必ずロッテに帰ってくる」の約束果たした フリオ・フランコ(1995年、1998年在籍)

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