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◆コラム.《アートにおける「額縁」の価値って何?》

※本稿は某SNSに2020年1月23日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


 ぼくが学生時代、友人がアートに関心のある初心者からタイトルにあるように「アートにおける「額縁」の価値って何?」といった質問をされた事があった。

 友人は「昔の西洋絵画を飾っていたあのゴテゴテした額縁なんていうのは、装飾過多なだけで気にしなくても構わないですよ。大事なのはあくまで作品なのだから、絵画のためを考えるなら、本来額縁なんてなくてもいいんです。あんなものは邪魔なだけなんですよ」などと自説を語ったので、念のためぼくのほうからも伝統的西洋美術の額縁の考え方を説明した事があった(とは言えぼくも専門家じゃないんで額縁については本で得た知識くらいしかなかったのだが)。

 その知人も、西洋の古典絵画についてはそれほど詳しいというほどでもなく、もっぱら現代アートに関心がある人だったのでそういう考え方も「先進的」と考えたのだろうが、それはさすがにちょっと乱暴な言い方じゃないかと思えたのだ。

 西洋では昔、額縁というのは建築家が設計していたという。所謂オールドマスターが扱われていた時代の西洋だ。
 建築家は額縁の他にも内装や家具に至るまでデザインしていて、まさに建築全般に関わるトータル・コーディネイトを担当していたのだ。

 つまり、その昔西洋人にとって絵画というものは家に飾る際、内装や部屋の雰囲気、家具デザイン等との総合的な統一感の元に選ばれるものであり、部屋の雰囲気と絵画の雰囲気とは無関係ではなかったのだ。

 そのため、額縁は絵画の世界と部屋の内装とを橋渡しし、全体に馴染ませる役割を負っていたのである。

 いくら絵画が「単品」として優れていても、内装にマッチしていなければダメだったのだ。

(※再録時注:ちなみにフレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』にも出てきたが、中世の絵画では建物内部の日中の光の当たり方によって、画家が絵の光彩表現を変えていたとさえ言われている。西洋古典絵画は、作品自体も「どこに飾られるか」という周囲の環境と完全には無関係ではなかった)

 そのため額縁は、絵画よりも目立ってはいけないし、逆に額縁が貧相で、そのために絵画の雰囲気までも貧しくなってしまってはいけなかった。

 最も良いのは、絵画と額縁が相互に影響を与えて互いに引き立て合っている状態である。
 絵画と額縁が上手くマッチングする事を「幸福な結婚」とまで表現していた。

 絵画をその部屋の雰囲気に馴染ませるものにし、目立ち過ぎず、目立たな過ぎず、自然と絵に視線を誘導する役割。

 額縁は大抵、枠の外側が手前にせり出していて、絵画に向かって内側の方向に傾斜しているものである。これが額縁に込められた「思想」なのだ。

 部屋の雰囲気と絵画の雰囲気を橋渡しするために、住人を包みこむ部屋の内装デザインから、視線を絵画の中央に向かって自然に誘導するための、これは一種の「スロープ」なのである。

 そういう部屋の全体的な雰囲気を踏まえて額縁も設計しなければならなかったので、内装も担当した建築家が額縁の設計も行っていたわけである。

 バウハウスが「建築」を絵画、建築デザイン、内装デザイン、家具/食器デザイン、織物(テキスタイル・デザイン)など全ての芸術分野を統合する「総合芸術」としたのも、このように建築が絵画や彫刻などその他の芸術を全て「包み込む」ものだという考えがあったからなのである。
 建築と芸術は一続きで全て関連していると考えられていた時代があったのだ。

 だから通常、その当時は引っ越しするときや内装を変える場合などは、当然のことながら、絵画と額縁をそれに合わせて一から選び直さなければならなかったと言われているのである。

 例えば現代アートを飾る際に、オールドマスターを飾っていたような古風な額縁を使うというのは、確かにアンマッチになるかもしれない。だが、それはそれでまた別の、現代アートにマッチした額縁を選べばいいだけの話である。
 現代では額縁は勿論、建築家が設計するのではなく、額縁の専門家や職人がいて、古典絵画を飾る額縁の修復や、現代アートの製作者の発注に対応する仕事など扱っている人もいる。
 そういった人たちに対しても、冒頭に挙げたような「額縁不要論」は失礼ではないかと思ったのだ。

 これは日本画などでも同じ事ではないだろうか。
 例えば掛け軸の表具も、破れやすい日本画を裏打ちして保護するだけでなく、そのデザインによって床の間に置かれた花や壺などとマッチングするかどうかという、周囲の環境との美的影響関係が発生するものだ。表具師の仕事を「単なる絵のお飾り」と思ってもらいたくはない。

 文学で例えれば「小説はあくまで中身が大事だから、本の装画はどんなのでも同じだ、特に必要ない」――と言っているようなものではないだろうか。
 やはり読書家としては、金額に問題がなければ、出来る限りブックデザインの良いものを選びたいと思うものだろう。表紙の雰囲気は小説の中身に全く影響が現れないというものでもない。

 伝統的な西洋絵画をの額縁も、単なる「絵画のおかざり」ではなく、周囲の環境との美的な調和をもたらすための媒介として、役に立ってきたのである。額縁の価値とは、そういう所にあるのだ。

 皆様も美術館に行った際は「作品と額縁との相性」といった事も気にして見てみては如何だろう。
 普段何気なく見ている絵画も、額縁も含めての「作品」として鑑賞してみれば、もっとその世界観は広がるかもしれない。

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