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デザインの素人が、デザインとは? というテーマについて考えてみた(後編)

デザインはコミュニケーション

前編では、デザインの果たす役割や目的について書いた。

https://note.mu/orykz/n/n3a5a411a4e20

ある情報を、伝えたい形で伝えるためにデザインは存在する。
その前提に立つと、様々なものとの共通点が見えてくる。

例えば、文章。
文字を使って、伝えたいことを記す。
情報を伝達する手段の代表格とも言える手法である。

動画や誌面の編集もそうだ。
素材を切り貼りして、できたもので相手に何かを伝える。

ファッションにだって共通性がある。
色々な見方はできるものの、結局は「自分がまわりにどう見られたいか」「どういう人間だと思われたいか」という、自己表現の手段であると考えられるからだ。

見せ方や作り方によって、相手に何かを伝える。
つまりは、コミュニケーションである。
デザインというのは、コミュニケーションの方法論のひとつだということが見て取れる。

デザインを想いのままに操れるということは、そのデザインに触れた人の頭の中に、意図したとおりのイメージを抱かせることであり、それはまさに完璧なコミュニケーションと言えるだろう。

思ったよりも高次元にある概念だ

そのくらいのことは、たぶん言い古されているし、noteを日頃から見ているような人にとっては何の発見もないだろう。

僕がこの記事で考えたいのは、「デザイン」というものが、コミュニケーションの分野において、どのくらいの高さの次元に位置するか、ということである。

先にいくつかデザインの役割という観点から共通するものをいくつか挙げたけれど、それが「デザイン」というカテゴリと並列にあるものとは思えない。

ファッションの中には、どんなアイテムや髪型、メイクなどをどのように組み合わせるかというのはデザイン的があるし、服やアクセサリそのものも何かしらのデザインが施されている。

編集にしても、何をどの順番でどう見せるかという要素がある以上、デザイン的な思考とは切っても切れない関係にある。

文章にしたって同じである。
たとえば、どこで改行して、どこにスペースを入れるか、漢字で書くかひらがなで書くかといった部分はデザイン力が問われる。
さらに、文章の組み合わせや構成を考えることも「デザインする」という表現をすることができるだろう。

そう考えると、デザインというのはかなり高い次元にある概念なのだということが見えてくる。

「デザインが気に入らない」という指摘は、「文章の意味がわからない」とか「見た目がかっこ悪い」とか「説明がまだるっこしい」とかいう指摘よりも、はるかに抽象的で、あまり意味をなさない指摘だということだ。
(横並びになるのは「コンテンツが気に入らない」だろうか)

「デザイナー」というと、グラフィックデザイナーを指すことが多いけれど、ある意味、ライターはセンテンスデザイナーだし、編集者はインフォメーションデザイナー(これは色々か)である。
つまり「●●デザイナー」という言い方でしか成立しないくらいの言葉である、ということだ。

何かを表現するにあたっては、どんなものであれ必ずそこにデザインするという作業が発生する。

今話題の(少し乗り遅れたうえに、ちゃんと学んでもいないけれど)「デザイン思考」というのは、まさにあらゆる仕事において必要なものなのだろうな、と思うのであった。

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