library
図書館のカウンターには、何でも調べて答えてくれる司書の人がいる。司書は初老の女性だった。紺色のローブを纏っていた。「図書館なんてこの世に存在したって意味ないんですよ」とでも言いたげなニヒルな表情で、黙々と折り紙で仔馬を折っていた。
「すみません。僕みたいな人生に、生き甲斐はありますか?」
司書は折り紙の手を止めないまま、僕の人生を事細かに尋ねた。やがて奥に引っ込み、何冊かの本を持って戻ってきた。
「お気に召すかどうかは分かりませんが、あなたと同じような人生は、もう既に何人かがやってますね」
本は全部薄っぺらかった。ぱさぱさぱさ、と机の上に並べられ、仔馬が床に転げ落ちた。
「こんなに」
「ええ、まあ。ありふれた、ってほどでもないですが、既に何人かやってるような人生ですよ。あなたは」
司書は仔馬を拾いながら言うのだった。仔馬はヒン、と鳴く。
「そっかー。じゃ借りるのやめようかな」
「やめます?」
「自分の未来が、他の誰かと一緒だと分かっちゃうの、面白くないですよ。面白かった本を2度3度読み直すのはまだ耐えられるかもしれないけど。自分の行く先が見えてしまうのは本当に面白くない。それこそ生き甲斐を失くします」
司書は僕をじっと見た。
そして「自分自身の人生は、つまらないですか?」と尋ねた。
僕は曖昧な笑みで首を傾げた。
司書はため息をつく。
「なら、尚更読むべきですよ。読めば変わるかもしれない」
「変わる?」
「ええ。知れば変わるかも」
「何が変わるんですか?」
「人生は、知っているか、知っていないかですよ」
司書は黙って、貸し出しの手続きを始めた。すると仔馬が動き出し、カウンターから入口のほうへ飛んでいってしまった。
「すごいですね。司書さん、魔法得意なんですか?」
司書は微笑む。
「やり方を知らないあなたには、これが魔法に見える。知っている私にとっては、ただの他愛ないイタズラです。……分かります?」
「はあ」
やがて司書が左の手のひらを開くと、仔馬はその上に戻ってきて止まった。
「すでに知っている私にとっては、この仔馬は何の驚きでもありません。けれどたまに作ってみると、面白くはあります。知らないあなたが目を丸くして驚くのも面白いですしね」
それは僕に意地悪をして楽しんでいるのだろうか?と思った。すると司書は「知る者には選択肢が多いという話です。知らなければツマラナイ。そういうものです」と答えるのだった。
「僕はツマラナイは嫌です。いったい何を知ればいいんですか?どうすればつまらなくないんですか。折り紙ですか?僕は何を知ればいいんです?」
司書はニコリと微笑んで、貸出期限は50年間です、と言った。
結局司書さんの話はよく分からなかったけれど、僕は折り紙の仔馬が動くことを初めて知った。それは確かに面白いなと思った。
あの図書館を知っていて良かった。