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君の瞳の奥には

風が強いバレンタインデー。
私はバスに乗って出掛けていた。
30分ほど乗って終点まで向かう間に、いくつもの停留所を通り過ぎて行く。

時間調整だったのか、ある停留所で長く停車していた。
私は一番後ろの端っこの席に座りながら、それまでバスに揺られていたがために軽い睡魔に襲われていた。
目を閉じて外の景色が見られないのがもったいなくて、目をしょぼしょぼさせながら窓の外を見ていると、その長く止まっている停留所では看板が目に入ってきた。

化粧品の広告だろうか。
肌のきれいなうら若い女性が私の方を真っ直ぐに見ている。
――目が合ってしまった
私は重いまぶたのままにその拡大された女性の顔を見つめ続ける。

まず気になったのはその肌。
すごくきれいなのだけど、毛穴が見える箇所と見えない箇所とがある。
昨今の画像処理技術は素晴らしい。
もともとの肌のきれいさを、より美しく映えさせているようだ。

次に気になったのは私を見つめるその瞳。
黒くて、茶色くて、透き通っていて、奥へと続いているかのようだ。
まつげにカール力はなく、ナチュラルと言えばいいのか、下に向いている。
マスカラは付いているのかどうかわからない。

その次に気になったのはアイシャドウ。
まぶたにベージュにほど近いゴールドが広範囲に塗られている。
目の下にも同様に淡く塗られ、瞳を縁取るようにラメが輝いていた。

ふと、もう一度瞳が気になった。
瞳の奥が変だ。
変というか、何かが見える。
――なんだろう?
じっと眺めていると男性の姿が見えてきた。
手にカメラを持ち、首をかしげてカメラを覗き込んでいる男性のシルエットが、瞳のその中央に小さな「1」のように立っている。
瞳の中に撮影現場があるのだと気が付くと、色々なものが見えるようになった。
白い壁も、奥にある薄茶色のブラインドも、照明の小さなふたつの丸も。

顔しか映っていない女性がどんな格好をしているかはわからないが、素肌感たっぷりの女性からは日常は感じられない。
しかしその瞳の奥には現実と真実とが合わさって映し出されている。
彼女の見ているものがそこにある。
私は彼女に別世界の華やかさを見るが、彼女は人と部屋と仕事という現実を目の当たりにしている。
何というコントラスト。

あまりに面白くて、瞳の奥のカメラマンを見つめ続けたが、はて、これは暴いてよかったのだろうか。
私は眠気に素直になっておくべきだったのだろうか。
撮影時のシャッターの音とか、カメラマンが掛ける声だとか、そうしたものが聞こえてきた頃、バスは発車した。

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