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娘が生まれて1ヶ月の間の記憶が

あまりない。
あまりないと言うかは辛かったということしか記憶にない。

退院してそのまま実家に1ヶ月ほどお世話になったのだが、体が悲鳴をあげ続けていて常にしんどかった。
哺乳瓶1つ洗うために立ち続ける事がとてもしんどかった。
朝ごはん食べて寝る、みたいな感じだったし、腰も痛くて沐浴は母と交代でしてもらっていた。
肉体的にこんなにダメージがあるのかと感じた。これは多分高齢出産であることと、生まれるまで30時間かかった事が絶対に関係している。(前記事参照)さらに言うとおまたを切ったこともあり、そこの痛みが尋常じゃないほど痛い。且つ退院してすぐの私自身の誕生日の日の後陣痛ではついに布団から出る事ができなかった。生理痛の何倍の痛み、なんてものではなかった。意識をなくしたいぐらいしんどかった。痛すぎて辛すぎて忘れられない。
でも「母親になったから」「生んだ娘を責任を持って育てないといけないから」と言うプレッシャーにもかなり押しつぶされそうになっていた。
あの頃は本当に辛かった。
今思えば娘は比較的育てやすかった方だと思う。夜中は3時間に1回ミルクをあげると比較的すぐに寝てくれてはいたし、抱っこし続けないといけない、みたいな感じではなかった(ような気がする)。
でも辛かった。かなり辛かった。
夫は仕事が忙しいし、且つ実家に来てもお客さん気分だったので何度も切れた記憶がある。来るならミルクぐらいやれよ、オムツぐらい変えろよ、明日休みなら夜のミルク担当せぇよ、と何回言ったか。
やはり今思い出しても産前産後のイライラは一生ものだと思う。
これから出産を控えている妻をお持ちの男性の皆様は、子供は当然ながらまず妻を最大限に思いやり、事故にあって動けないと思っていろんなサポートをしてあげたほうがいい。申し訳ないが産後1ヶ月に夫のことを思いやることのできる妻はいないと思って接して欲しい。居たら神すぎる。

ネガティブな記憶がほとんどだが、娘の、生理的現象としての笑顔が見えたり、あくびをしたり、起き抜けのくねくねした動きとかは可愛かった。
可愛かったが、あまり記憶にないので写真や動画を撮っててよかった。
でもそれを見返すたびあの頃の辛さも同時に蘇って来る。
果たして私に第二子を産む決意はできるのか…


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