裁判官の忌避について考えたこと、調べたこと(その1)

平成25年から3年間にわたって行われた生活保護基準の引下げが、生活保護法に違反するとして全国29か所で争われています。私はそのうちの宮城県での訴訟の弁護団の1人です。
仙台地裁に提訴した訴訟は令和4年7月27日に請求棄却の判決が出ています。これに対しては控訴して、仙台高裁に舞台が移りました。
こちら(控訴人)からは控訴理由書を出し、国(被控訴人)から答弁書が出て令和5年4月24日に第1回を迎えるところで、控訴人側から担当裁判官について忌避を出しました。この忌避申立ては却下されたため、現在は許可抗告の申立てをしたという段階です。
さて、実はこれまで忌避の申立てをしたことはなく、今回は初めてのことでした。「どうやって、いつまでに申し立てるのか」、「不服申立てはどうすればいいのか」などについては経験が無く、その都度、調べて考えながら手続を進めました。そこで、ここでは何を調べ、何を考え、そして申立てをしたか、その流れを紹介しようと思います。

1 民事訴訟法は忌避についてどう規定しているか
今回、忌避を申し立てたのは、控訴審を担当する仙台高等裁判所第3民事部の綱島公彦裁判官が、同じ生活保護基準引下げを争う訴訟について、秋田地裁で令和4年3月7日に原告の請求を棄却する判決を言い渡した裁判長でもあったためです。
このようなケースは、直感的には「何かおかしい」と思ったものの、本当に忌避の理由にあたるのかには迷いがありました。
そこで条文に当たってみることにしました。民事訴訟法24条1項は、忌避について以下のように規定しています。

裁判官について裁判の公正を妨げるべき事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる。

ここで忌避が認められる要件とされているのは「裁判の公正を妨げるべき事情があるとき」です。ここから「何が忌避の理由なのか」をすぐに読み取ることはできません。
そこで、過去の忌避に関する裁判例を調べることにしました。ただ、これがなかなか難しい作業でした。
そもそも認められた例があまり多くなく、忌避が認められるハードルは高く設定されていると感じました。例えば、最判昭和30年1月28日民集9巻1号83頁は、裁判官が一方の訴訟代理人の女婿、つまり訴訟代理人である弁護士の娘の配偶者であっても忌避事由を認めませんでした(今なら、多くの裁判官は回避するかもしれません)。

2 忌避を認めた数少ない事例:金沢地裁決定
ただ、そんな中で忌避が認められた極めて珍しい裁判例が、同じく生活保護基準引下訴訟に関する金沢地決平成28年3月31日判時2299号143頁です。この決定はさいたま地裁での生活保護基準引下訴訟に国の代理人(訟務検事)として関わった人物が、金沢地裁での生活保護基準引下訴訟の裁判官として関与していたことについて、忌避を認めたものです。
この決定では、主要な争点が同じである事件について当事者の訴訟代理人として訴訟活動を行ったことだけでは忌避事由があるとはしませんでした。その上で、「主たる争点が同じ事件といっても、法令の合憲性や法解釈上の争点が共通するが具体的事実関係は全く別個である場合と、具体的事実関係まで共通する場合とでは、事件相互の関連性の程度は異なるというべきであるし、また、国の指定代理人等になったことがある場合も、事件への関与の態様や程度は様々であるから、事件相互の関連性の程度や同種争点事件への当該裁判官の関与の態様等によっては、民訴法二三条一項五号の趣旨にも徴し、事件と特別な関係を有するとして、上記客観的事情があるというべき場合もあると解される」とし、①具体的事実関係が共通することや、②事件への関与の態様を重要な要素としています。
 その上で、
・金沢地裁での訴訟とさいたま地裁での訴訟では、厚生労働大臣告示の裁量の逸脱・濫用の有無の判断が帰趨を決するものである点が共通していること
・2つの事件で提出された被告国の主張書面が酷似していること
・さいたま地裁事件の書面に、当該裁判官が唯一の訟務部付検事として作成者の筆頭に名前を連ねていること
などを認定して、「基本事件と主要な争点が同じであるにとどまらず、強い関連性を有するさいたま事件において、平成二七年三月末頃までその一方当事者である被告国等の指定代理人として現に中心的に活動し、かつ、基本事件の被告国等の主張書面の作成にも何らかの影響を及ぼした可能性のある者が、その直後の同年四月一日から基本事件の受訴裁判所を構成する裁判官として関与するということになれば、通常人において、公正で客観性のある裁判を期待することができないとの懸念を抱かせるに十分であり、かつ、このような懸念は単なる主観的なものではなく、事件との特別な関係を有するという客観的事情に基づくものであるということができる」として、忌避に理由があると認めました。
この決定からは、「裁判の公正を妨げるべき事由があるとき」に該当するかについては、①具体的事実関係の共通性や、②事件への関与の態様などの具体的な態様を考慮して判断すべきであるという視点を読み取ることができると思います。

3 除斥の事由と組み合わせる
ただ、本件と金沢地裁の事件とでは「ズレ」もあります。そこで考えたのが、除斥の規定を合わせて主張することでした。
民事訴訟法23第1項6号は「裁判官が事件について仲裁判断に関与し、又は不服を申し立てられた前審の裁判に関与したとき」には、裁判官が職務の執行から除斥されるとしています。
綱島裁判官が秋田地裁での判決に関与したことは「前審」への関与ではないのですが、本件と秋田地裁の事件で争点が一致していること(「デフレ調整」「ゆがみ調整」という争点は2つの訴訟とも主張しています。)、秋田地裁判決への関与の度合いが強いことから、「裁判の公正を妨げるべき事由があるとき」に該当すると主張をしました。

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