見出し画像

急がない朝の女

その女は毎朝歩いた
ただ歩けばいいと言われれば
誰だって歩けそうな道を女は歩いた
片手には
夢の国から田舎の国まで
離れることのなかった地図と
男の印が隠された
トートバッグをぶら下げて

何度も聴いて
何度も聴いて
それはもう呪文になって
バス停から飛びたった気高き老女の歌声が
聞こえてきても聴きつづけた流行歌が
いまを告げている
運転手は今日も前を見ていて
女もそこから前を見ている

大きくなった白い足を
大きくなった丸いお腹を
大きくなって邪魔な乳房を
みんなと分けあうチョコレートを
夕方までには落ち着くお喋りを
下品な笑いでトドメを刺すまで
澄んだ瞳で前を見て

女は今日も歩いている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?