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魔法少女の系譜、その141~『魔女っ子チックル』~


 今回も、前回に続き、『魔女っ子チックル』を取り上げます。
 まずは、前回の付記から。

 前回、『魔女っ子チックル』の矢野さとみや、さとみの先行モデルと思しき『ミラクル少女リミットちゃん』の竹下光子について、二〇二〇年現在で言う「悪役令嬢」だと書きました。
 私が調べた範囲では、『リミットちゃん』の竹下光子が、現代の創作作品における、最古の「悪役令嬢」です。でも、おそらく、竹下光子よりも古い「悪役令嬢」がいると考えています。まだ、見つけられていないだけでしょう。

 とはいえ、竹下光子は、「悪役令嬢」の原形の一人として、重要な存在です。彼女の造形を、ほぼそっくり引き継いでいる矢野さとみも、そうです。

 『リミットちゃん』の竹下光子の約三年後に、『王家の紋章』の抜きん出た悪役令嬢、アイシスが現われます。アイシスは、悪役令嬢の肉付けに、重要な役割を果たしました。

 『王家の紋章』では、アイシスの心情や立場も、丁寧に描き込まれています。このために、正ヒロインであるキャロルと対立しても、アイシスにはアイシスなりの事情があり、同情すべき点があることも、わかります。
 『王家の紋章』読者に訊いてみますと、「確かに悪役だけど、アイシスもかわいそうな人なんだよね」とおっしゃる方が、結構います。悪役令嬢でも、一定の読者には、それなりに愛されています。
 この点が、アイシスと、竹下光子とで、大きく違います。竹下光子のほうは、心情や立場が、詳しく描かれません。このため、視聴者としては、彼女なりの事情があって、主役のリミットちゃんに意地悪をしているとは、まったく思えません。光子は、ひたすら悪役です。

 『魔女っ子チックル』の矢野さとみは、この点も、竹下光子から引き継いでいます。さとみ個人の事情や心情が描かれることは、ほとんどありません。このため、さとみは、視聴者からの同情は、ほぼ、得られないと考えられます。純粋な悪役です。
 矢野さとみは、アイシスの約二年後に登場しているにもかかわらず、「同情の余地がある悪役(令嬢)」という描き方は、されませんでした。

 『魔女っ子チックル』以降に登場する悪役令嬢が、すべて矢野さとみのようだったら、二〇二〇年現在のような「悪役令嬢ブーム」は、来なかったでしょう。
 アイシスという強烈なキャラクターが現われて、「悪役令嬢にも、悪役令嬢なりの事情がある」と、読者に気づかせたことが、現在の「悪役令嬢ブーム」の下地を用意したと考えています。

 ここまでが、前回の付記です。
 今回は、『魔女っ子チックル』を、八つの視点で、分析します。

[1]魔法少女の魔力は、何に由来しているか?
[2]大人になった魔法少女は、どうなるのか?
[3]魔法少女は、いつから、なぜ、どのように、「変身」を始めたのか?
[4]魔法少女は、「魔法の道具」を持っているか? 持っているなら、それは、どのような物か?
[5]魔法少女は、マスコットを連れているか? 連れているなら、それは、どのような生き物か?
[6]魔法少女は、呪文を唱えるか? 唱えるなら、どんな時に唱えるか?
[7]魔法少女の魔法は、秘密にされているか否か? それに伴い、視点が内在的か、外在的か?
[8]魔法少女は、作品中に、何人、登場するか?

の、八つの視点ですね。

[1]魔法少女の魔力は、何に由来しているか?

 チックルは、魔法の国の住人なので、魔法を使えます。生まれつき型の魔法少女(魔女っ子)ですね。


[2]大人になった魔法少女は、どうなるのか?

 チックルは、最終回で、とても大きな決断をします。魔法を捨て、魔法の国には帰らず、「普通の人間」になります。
 小森家の一員となったチックルは、普通の人間として成人するでしょう。


[3]魔法少女は、いつから、なぜ、どのように、「変身」を始めたのか?

 チックルは、魔女っ子として決まった姿に変身することは、ありません。魔法の一環として、何かに変身することはあります。


[4]魔法少女は、「魔法の道具」を持っているか? 持っているなら、それは、どのような物か?

 チックルは、基本的には、魔法道具は持ちません。魔法を使う時には、両手の人差し指を立てて、呪文を唱えるだけで、魔法を使えます。

 ただ、チックルは、いつも持っているバッグがあって、その中に、「魔法手帳」があります。これは、どうやら魔法の辞書のようなものらしく、時たま、魔法手帳を見ながら、魔法を使うことがあります。魔法手帳がなければ、魔法が使えないわけではありません。


[5]魔法少女は、マスコットを連れているか? 連れているなら、それは、どのような生き物か?

 『魔女っ子チックル』には、マスコットと言える存在は、登場しません。
 あえて言えば、チーコの妹のヒナちゃんが、マスコット的役割を果たします。


[6]魔法少女は、呪文を唱えるか? 唱えるなら、どんな時に唱えるか?

 『魔女っ子チックル』には、いくつもの呪文が登場します。
 一番使われるのは、「マハール、ターマラ、フーランパ!」です。普段、チックルが魔法を使う時は、この呪文で、すべてを済ませます。前記のとおり、両手の人差し指を立てて、この呪文を唱えます。

 チーコが、本に閉じ込められていたチックルを助けた時、使った呪文があります。それは、「クルンカクルンカテコポコテン」です。チーコは普通の人間なのですが、この呪文を唱えたために、チックルを救出することができました。
 反対に、チックルを、再び本に閉じ込める魔法の呪文もあります。「ペケポン」です。チックルのいたずらが過ぎると、チーコがこの呪文を唱えて、チックルを本に閉じ込めてしまいます。もちろん、チックルが反省した後に、「クルンカクルンカテコポコテン」で、解放してあげます。

 この設定を見ると、『魔女っ子チックル』の世界では、呪文が大きな力を持つとわかりますね。普通の人間のチーコでも、呪文を唱えさえすれば、ある程度の魔法を使うことができます。「呪文依存性が強い」といえるでしょうか。

 日本の数ある魔法少女ものの中で、このような設定は、じつは、少ないです。『チックル』以前に、『チックル』と同じくらい、呪文依存性が強い作品を探すと、『エコエコアザラク』くらいしか、思い浮かびません。
 『エコエコアザラク』では、主人公の黒井ミサが、さまざまな呪文を唱えて、黒魔術を使いますね。黒井ミサほどの魔術を使いこなすには、かなりの修業が必要であるように描かれています。けれども、簡単な魔術であれば、素人がそれなりの道具をそろえて、呪文を唱えれば、できてしまうことがあります。

 『魔女っ子チックル』には、『エコエコアザラク』のようなおどろおどろしさは、みじんもありません。明るく楽しい魔女っ子ものです。
 けれども、呪文依存性の強さ、ヒロイン(の一人)であるチックルが、必ずしも良い子ではないことなど、『エコエコアザラク』と共通する点もあります。

 『魔女っ子チックル』が、『エコエコアザラク』と何よりも違うのが、魔女っ子であるチックルが、孤独ではないことでしょう。チックルとチーコは、固い絆で結ばれていて、いつも一緒です。チーコがいるために、チックルは、「人間っていいものだな」と思い、最後には、自ら魔法を捨てることまでします。ダブルヒロイン制の面白さが、存分に現われています。
 『エコエコアザラク』の黒井ミサが、黒魔術を捨てることは、考えられませんよね。黒井ミサは、魔術あってこそのキャラです。


[7]魔法少女の魔法は、秘密にされているか否か? それに伴い、視点が内在的か、外在的か?

 『魔女っ子チックル』の世界では、魔法の国や魔法の存在は、秘密であると、明確にされています。チックルの正体を知るのは、人間界では、チーコだけです。
 このために、物語は、チックル、または、チーコの視点で進みます。ここにも、ダブルヒロイン制が生かされています。


[8]魔法少女は、作品中に、何人、登場するか?

 『魔女っ子チックル』は、チックルとチーコのダブルヒロイン制ですが、魔女っ子なのは、チックルだけです。作品中に登場する魔法少女(魔女っ子)は、チックル一人です。


 『魔女っ子チックル』は、先行する魔法少女作品を踏まえつつ、「魔女っ子と普通の少女とのダブルヒロイン」という、新機軸を打ち出した作品でした。最後に、魔女っ子が魔法の国に帰らないのも、新しいですね。
 意欲的な作品で、それなりにはヒットしたと思いますが、大ヒットにはなりませんでした。そのためか、二〇二〇年現在では、言及されることが少ない作品です。

 もし、『魔女っ子チックル』が大ヒットしていたら、ダブルヒロインやトリプルヒロインの魔法少女作品が、もっと早く普及したかも知れません。
 大ヒットはしなくても、のちの「複数ヒロイン魔法少女もの」を予告した作品として、忘れてはならないでしょう。

 『魔女っ子チックル』については、ここまでとします。
 次回は、別の作品を取り上げます。



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