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月が食う。

「ついこの間、北米でお日様がまた食われただろ。新しく赴任してきたお日様、今度はだいじょうぶかな?」
 月の軌道に太陽が重なる時、太陽は月が開けた大きな口の中に、飛んで火にいる虫のごとく食われ、その命を終える。月の腹の中で太陽は抵抗するも、反骨心に実力が伴わず、足掻きの断末魔をあげて、逝く。
 太陽を飲み込み消化した月は、地上からは見えない裏側に隠した肛門からこっそり残骸を排泄する。
 お日様がなくなると困る。で、新しい太陽が赴任してくる。
 見た目は食われる前の太陽とさほど変わらないけど、出来立てほやほやだ。指でつつくとぷるんと揺れる。甲殻類で言えばソフトシェルクラブのようなものだ。無防備で、傷つきやすい。天敵からもっとも狙われやすいタイミングだ。
 
 かつて一度、出来立ての太陽が無防備なところを天敵に襲われ、なくなったことがあった。月は自分が食えば後任を探してくる。責任感が新しい太陽を連れてくる。何せ太陽がなかったら、自分の存在が危うくなるものだから。満月にも三日月にもなれなくなっちまうもの。それでも月の軌道に太陽が現れると、つい食っちまう。本能だね。
 ところがあの日は違った。日食でもないっていうのに、太陽が消えた。一瞬の出来事で、誰もなくなる瞬間を目撃することはできなかった。おそらく背後から迫ってぱくりとやったのだろう。影のように忍び寄り、出来立ての太陽を後ろからぱくりひと飲みさ。
 地上から光の素が損なわれ、世界は闇と化した。
 
 このままではやばい、と月は狼狽した。太陽がいなければ、誰も月を見上げてくれなくなる。自分で食らえば自己責任で新任も連れてくるが、見知らぬ赤の他人が誘拐したとなれば「俺のせいじゃないもんね」と逃げることもできるけれども、逃げたら一生、地上は闇のままだ。
 とりあえず犯人を追ってみようと月は腹を決めた。全面が闇で包まれた世界で、月は勘を頼りに太陽を飲み込んだ影を追いかけ始めた。
 
 宇宙は広い。あまりに広すぎる。何の手がかりもない中、はたして確保の追跡は実を結ぶのだろうか。
 不安は募るばかりで、追う方角に自信もない。
 でも、きっと恐るるに足らず。物語はいつだって解決に向かう。桃太郎だって一直線に鬼ヶ島を目指せたし、竜宮城から元いた海辺に浦島は無事に戻ることができた。
 月だって、太陽を飲み込んだ影に向かって飛んでいける。はず。
 
 ここからが大変だった。いろんなことがありまして、結果は。
 ご覧のとおり。
 無事に元どおり、空にぽっかりお天道様が浮かんでる。
 救出できたかって? いや、どうやら間に合わなかったみたいでさ。話によるとツテを辿って新任を連れてきたみたいだよ。帳尻を合わせたっていうわけさ。
 いいじゃないの、結果がよければ。お日様は、空に威風堂々浮かんでいればそれでよし。
 
 ただ、お日様を戻す軌道なんだけど、手元が少し狂って、地球に近いところに配置しちゃったみたい。
 これが昨今、暖冬で猛暑の地球になった裏事情。
 
 なお、太陽の軌道に月が飛び込むと、今度は月が食われることになる。これにはまた違った物語が刻まれている。その話はまた次回。ご縁があればお話しすることになるでしょう。
 
 ストーリーは巡り巡って、現れては離れていく。恒星を取り巻く惑星のように、同じところにとどまってはいられない。

 それじゃ、またお逢いできるその日まで、ごきげんよう〜、さようなら〜。

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